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本家並のエンドレスハーモニーを聴かせる3曲

『CLUB SURF & SNOWBOUND』のオープニングを飾るのは、その“二人の夏”。ビーチ・ボーイズの名曲“Surfer Girl”を思わせる美しいサマーバラードで、後述する愛奴のメンバーでもあった町支寛二のファルセットと浜省の低音によるツインボーカルを軸に重層的で夢見心地なコーラスを絡めて、本家に勝るとも劣らない見事な〈エンドレスハーモニー〉を聴かせてくれます。さらに間奏のギターソロで“Summer Means New Love”のフレーズを引用しているのがまた心憎いばかり。

ビーチ・ボーイズの63年作『Surfer Girl』収録曲“Surfer Girl”

ビーチ・ボーイズの65年作『Summer Days』収録曲“Summer Means New Love”

じつはこの曲はセルフカバーで、オリジナルはソロ以前に浜省がドラマー&ボーカルで在籍していた愛奴というバンドのデビューシングル(75年)です。当時アメリカンポップス的な音楽を身上としていたのはシュガー・ベイブとセンチメンタル・シティ・ロマンスくらいしかいなかったので、愛奴はかなり先進的なグループだったといえます。ちなみにこの3組は同じ年の同じ時期(1週間差)にレコードデビューしているのも興味深いところ。

“二人の夏”は幾つかのカバーも存在しますが、とくに注目すべきは浜省の〈心の盟友〉ともいえる山下達郎版でしょう。ライブ音源ですがCD化もされているのでぜひ探してみてください。最近では一十三十一を擁するJINTANA & EMERALDSが、アルバム『Emerald City Guide』(2021年)にてドリーミーなカバーに仕立てていたのも印象的。

余談ながら、当時の僕はこの曲を好きすぎるあまり中学校の卒業文集に歌詞をそのまま引用したんですが、カッコつけて〈Two Person In Summer〉という直訳英語タイトルを付けたところ、後年になって正しくは〈Two Of Us In Summer〉であることを知って、押入れに逃げ込みたくなりました。

アルバムの2曲目は“Gear Up 409”。これもモロに初期ビーチ・ボーイズマナーの曲で、そもそもタイトルからして“409”のオマージュです。さらに歌詞のなかにも“All Summer Long”、“God Only Knows”、“California Girls”などの曲名が織り込まれているうえに(ついでに“二人の夏”まで登場)、実際に“California Girls”のリフやメロディーまで飛び出す確信犯ぶり。

ビーチ・ボーイズの62年作『Surfin’ Safari』収録曲“409”

ビーチ・ボーイズの65年作『Summer Days』収録曲“California Girls”

つづく3曲目の“Little Surfer Girl”もタイトル通りのキャッチーなサーフナンバーで、やはり本家“Hawaii”のフレーズを借用しているのが流石。浜省自身もキャリア中で〈5本の指に入るくらい好きな曲〉と言っているだけあって、濃厚な洋楽テイストと浜省ならではの青々しい感性が絶妙に均衡しているという意味で、きわめて完成度の高い1曲だといえます。そして何よりも、ビーチ・ボーイズのハーモニーを自家薬籠中のものとしたコーラスワークがとにかく絶品。これは前の2曲も同様ですが、ボーカルアレンジを担当した町支寛二の非凡なセンスに負うところが大きいでしょう。

ビーチ・ボーイズの63年作『Surfer Girl』収録曲“Hawaii”

ビーチ・ボーイズへのリスペクトは上記の3曲ですが、アルバムは全編通して非常にポップな仕上がりです。今回のテーマからはズレるので細かくは触れませんが、Snowサイドもフィル・スペクターの名作『A Christmas Gift For You From Phil Spector』を念頭に制作されたと思われる胸キュン必至の高内容。

 

浜省のルーツを紐解けば洋楽に辿り着く

『CLUB SURF & SNOWBOUND』とはまた別のアプローチながら、彼のルーツ志向をよりわかり易い形で提示しているのが、2017年にShogo Hamada & The J.S. Inspirations名義で発表された『The Moonlight Cats Radio Show Vol.1』、『同Vol.2』というミニアルバム。これもまた彼の源流であるリズム&ブルースやソウルを中心とした洋楽カバー集です。しかも来る9月6日にはシリーズ続編となる新作『同Vol.3』がリリースされるのだから、なんと絶妙なタイミングなのでしょう。

浜田省吾, The J.S. Inspirations 『The Moonlight Cats Radio Show Vol.3』 Clear Water(2023)

なお楽曲単位でみると、”恋の西武新宿線”や“DJお願い!”、“A THOUSAND NIGHTS”、“ベイ・ブリッジ・セレナーデ”など、オールディーズ~アメリカンポップス色のある浜省ナンバーは思いのほか多く、近年でも『Journey Of a Songwriter ~旅するソングライター』(2015年)の“マグノリアの小径”や、『In The Fairlife』(2020年)の“左手で書いたラブレター”は同傾向の佳曲といえます。キャリア全体を通して散見されることからも、いかに当時の洋楽ポップスが浜省サウンドの根幹の一つになっているかが伺えるでしょう。

冒頭にも書いたように大滝詠一や杉真理、山下達郎などが好きな方、あるいはビーチ・ボーイズや洋楽ファンが本稿を読んで少しでも浜田省吾に興味を持ってくれれば、これほど嬉しいことはありません。

ん、いまさら気づいたけど今回のテーマは〈夏の極私的名盤〉ということでしたが、よく考えたら『CLUB SURF & SNOWBOUND』って〈冬の極私的名盤〉でもあるんだよな……。

 

さて、連載開始してから初めてのきちんとした予告を。せっかくなので次回もこの流れを汲んで、本家ビーチ・ボーイズの〈極私的名盤〉を紹介しようと思います。

 


PROFILE:北爪啓之
72年生まれ。99年にタワーレコード入社、2020年に退社するまで洋楽バイヤーとして、主にリイシューやはじっこの方のロックを担当。2016年、渋谷店内にオープンしたショップインショップ〈パイドパイパーハウス〉の立ち上げ時から運営スタッフとして従事。またbounce誌ではレビュー執筆のほか、〈ロック!年の差なんて〉〈っくおん!〉などの長期連載に携わった。現在は地元の群馬と東京を行ったり来たりしつつ、音楽ライターとして活動している。NHKラジオ第一「ふんわり」木曜日の構成スタッフ。