武満徹と小澤征爾
写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ

昭和から平成を駆け抜けた天才指揮者の軌跡、歴代ソリストの顔ぶれもゴージャス!

 1959年(昭和34年)2月1日、スポンサー提供のスクーターとともにフランスへ〈音楽武者修行〉に旅立った23歳の青年は、24歳の誕生日(9月1日)を迎えた直後に第9回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝、〈世界のオザワ〉への第一歩を踏み出した。1935年生まれだから今年88歳、日本流に言えば〈米寿〉を迎える。ソニーミュージックレーベルズでは日本独自の記念企画として、小澤がRCA、コロンビアと当時の米2大レーベルに残したアルバム全てをまとめ、初出盤オリジナル紙ジャケットに収めたCD51枚組のボックスセットを発売する。

小澤征爾 『コンプリートRCA & コロンビア・アルバム・コレクション<完全生産限定盤>』 Sony Classical(2023)

 ひと口にRCA、コロンビアと総括したが、RCAはドイツの出版複合企業ベルテルスマン傘下のBMGに糾合された後、ベルテルスマンの音楽ソフト事業撤退に伴いソニーが買収した。日本法人だったBMGジャパンは別途ファンハウスを吸収合併。ボックスにはファンハウスが制作した小澤自身の語りによる日本語版(実相寺昭雄ナレーション演出、小澤幹雄台本・脚色)の“ピーターと狼”(プロコフィエフ)、“青少年のための管弦楽入門”(ブリテン)も、しっかり収められている。

 ブザンソン優勝直後の1960年、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団とフランス国立フィルハーモニー管弦楽団を指揮したフランス国立放送協会(RTF)への放送録音を除けば、小澤の初レコーディングは1961年に日本ビクターで録音した“黒人霊歌”と“ミュージカル・ハイライト”だったとされる(BMGジャパン『青春の小澤征爾』=2002年11月リリース=に掲載された満津岡信育氏の解説より)。1963年に急病のジョルジュ・プレートルに代わってシカゴ交響楽団の夏の本拠、ラヴィニア(イリノイ州ハイランドパーク)音楽祭で2公演を指揮したことで北米のキャリアが開け、1964年にカナダのトロント交響楽団指揮者(翌年から首席指揮者)、ラヴィニア音楽祭音楽監督の2ポストを同時に得たことで、米国メジャー・レーベルとの録音が始まった。

レナード・ベナリオと小澤征爾
写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ

 CBSコロンビアへの初録音は1964年6月、ハロルド・ゴンバーグ(オーボエ)らニューヨーク・フィルハーモニックの首席奏者を独奏にそろえ、恐らく同フィルのピックアップ・メンバーによるコロンビア室内管弦楽団を指揮した“バロック・オーボエ ~珠玉のオーボエ名曲集~”。RCAへの初録音は1965年6月、ピーター・ゼルキンを独奏に迎えたバルトーク“ピアノ協奏曲第1番”。両レーベルとも、先ずは協奏曲の〈付け〉の巧拙で未知の東洋人指揮者の力を判定しようとしたに違いない。コロンビアが1966年にはロンドン交響楽団とのオネゲル「劇的オラトリオ “火刑台上のジャンヌ・ダルク”」、トロント響とのベルリオーズ“幻想交響曲”などの大曲へ移行したのに対し、RCAは当時気鋭のソリストたちとの協奏曲録音を大量に行なった。おかげで後に武満徹ともども盟友になるピーター・ゼルキンだけでなく、ハイフェッツの弟子で早くに一線を退いたエリック・フリードマン(ヴァイオリン)、「1958年時点、ワルター・ギーゼキングと並んで最もレコードの売れるピアニストだった」というレナード・ペナリオ、ホロヴィッツの数少ない弟子ジョン・ブラウニング(ピアノ)といった懐かしのソリストたちの演奏を久しぶりに聴けるのも、このボックスの隠れた楽しみといえる。

ピアノ:高橋悠治
写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ
小菅優と小澤征爾
写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ

 RCAもシカゴ響とのベートーヴェン“交響曲第5番”(1968年)、やがて音楽監督を30年近く務めるボストン交響楽団との初録音だったオルフ“カルミナ・ブラーナ”(1969年)など、後に再録音を行う勝負曲の〈スタートライン〉を仕留めることができた。続くボストン響、ベルリン・フィルとの輝かしい演奏、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団など日本で仲間たちと組織したスーパー・アンサンブルでの〈大きな室内楽〉は、私たちの記憶にも新しい音源だろう。そんな中で1点、1970年に日本で初めての万国博覧会が大阪で開かれた時、同い年の若杉弘と日本フィルハーモニー交響楽団を振り分けた“スペース・シアター:EXPO ’70鉄鋼館の記録”は強烈な異彩を放つ。“クロッシング”でみせる鋭さと武満への深い思い、クセナキス“ヒビキ・ハナ・マ”で建築のように乾いた響きを切り立たせながら漂わせる陶酔感など、〈天才オザワ〉の凄みを今に伝えて余りある。