
エルヴィスは僕らの最大の影響源
──続いては、ルイスさんのチョイス。エルヴィス・プレスリー『American Sound 1969 Highlights』(2019年)。

ルイス「エルヴィスは、僕らにとっておそらく最大の影響源だ。子どもの頃、父がよくエルヴィスの曲をかけていた。だから、エルヴィスが誰なのか知る前に、もう曲自体は覚えていたんだ」
キティー「私が最初にピアノを覚えた曲はエルヴィスが歌う“Blue Suede Shoes”。シンプルなロックンロールだった」
デイジー「家ではみんなでエルヴィスの曲を歌ってた。曲がシンプルで、コードも2、3個しかないから簡単にコピーできた。ただロックすればよかったんだ。コードのことなんか考えずに突っ走る」
ルイス「彼の残した曲は最初から最後まで大好きなんだ。もちろんサン・レコードでレコーディングした初期の曲と、後期のラスヴェガス時代はだいぶ違うものだ。でも、それぞれ時代に適応した良さがある。
時代の先を行ってた。音楽だけじゃなく、衣装もね。フリンジや光ものがついた白いジャンプスーツは安っぽいと苦笑されてたけど、彼はスライ&ザ・ファミリー・ストーンより先にそれを着てたんだから。それにステージの上にいるエルヴィスは、ポップスターを演じている俳優というよりあくまで彼自身だったと思う」

──バズ・ラーマン監督の映画「エルヴィス」は見ました?
デイジー「新しいやつね。半分くらいでやめちゃった(笑)」
ルイス「エルヴィスが実際に出ている映画がたくさんあるのにね。彼が出てない映画のことをみんな語りたがる」
デイジー「エルヴィスのCDを学校に持って行った日のこと、よく覚えてる。ランチタイムに部屋に友達と集まってぺちゃくちゃしゃべったりしてたんだけど、私がいつもエルヴィスをかけるから、みんな〈デイジー、もうエルヴィスは勘弁〉って反応だった(笑)。でも、みんなすごさは認めてた」
──選んだレコードは69年のエルヴィスにフォーカスした作品ですが、その時期の彼は、どんな印象ですか?
ルイス「60年代後半の、だよね。“Suspicious Mind”や“In The Ghetto”みたいないい曲がその時期にはある。でも、それが特に好きというより、エルヴィス全体がすごいことを知ってほしくて選んだんだ」

僕らが考える〈いい時代〉の最後の1枚
──では、次はキティーさんで、アル・グリーン『Let’s Stay Together』(72年)。

キティー「これは私たちが小さい頃に聴いてたアルバムというわけじゃない。知ったのはもう少し後。ティーンエイジャーになったくらいかな。
このアルバムはまずソングライティングが格別。素晴らしい曲が揃ってる。特別な気持ちになるっていうか、ラブソングを聴いて同じ気持ちになれる。そのことは、このアルバムを聴く人はみんなうなずいてくれると思う。
私たちが自前のスタジオを作るにあたって、ルイスがいろいろ機材を揃えて組み上げてくれたんだけど、音響をチェックするためにいろんなタイプのレコードをリファレンスとして聴きまくった。そのなかでもこのレコードは特別なものだったな」
ルイス「このレコードは72年に出たけど、僕らが考える〈いい時代〉の最後の1枚なんだと思う。いろんな作業がまだ生で行われていた。録音もプロデュースのやり方もね。それから1、2年もしたら機材が進歩して、チャンネル数も増え、音楽がすべすべとしたきれいなものになっていく。そして、メンフィスのミュージシャンたちが自分たちのサウンドを記録できた最後の時期だったとも言えるだろうね」

──このアルバムの場合は、いわゆる〈Hi Sound〉と呼ばれる独特の演奏と音響ですよね。
ルイス「その通り。彼らだけにしかないヴァイブスがある。デトロイトのモータウンにも、LAのスタジオミュージシャンたちにもそういう独自の音があった。土地ごとにある塊みたいなもの。80年代が来たら無くなってしまったものだ(苦笑)」
キティー「今じゃみんな同じデジタル機材だし、Logicを使って、プラグインも一緒。レコーディングする音だって誰でも同じ。でも、このレコード(『Let’s Stay Together』)には、ここにしかない自分たちの音が残されている」
──そういうサウンドをあなたたちは愛しているし、自分たちだけのサウンドを求め続けているんですね。
デイジー「まさにそう。だって、それがなかったら何も聴こえてないのと一緒じゃない? 今の音楽は、アル・グリーンみたいな方法でレコーディングされる必要はないんだろうけどね。だって、みんな音楽を作ってないんだもの。アナログな機材をいじる必要も感じてない。何も聴こうとしてない」
キティー「だから、私たちは特別なサウンドをとらえようとチャレンジしてる。生々しさをね」
ルイス「すぐれたミュージシャンもどんどん世を去っているんだ。このレコードみたいにドラムを叩いてほしいと思っても、その人はもういない」
デイジー「このレコードのいいところは、サウンドがすごくひらかれてること。一度にたくさんのことが起きてない。楽器同士の音が重なり合って潰れて聴こえない、なんてことがない。だからグルーヴがすぐにつかめるんだよね。スウィートなギターのメロディとか、素敵な演奏がよくわかる。だから、今の音楽に比べてこじんまりしているはずなのに、すごく大きな大きなサウンドに思えるんだ」
キティー「今のレコーディングってさ、もうプレイヤーが演奏しなくてもいいものに変わっちゃってるよね。私にはそれは受け入れられない」
ルイス「みんなもうこういう音楽には興味がないんだ。時代遅れに感じてるのかも」
──でも、若いリスナーのなかには、こういう70年代のサウンドに夢中になっている層も少なからずいますよ。ヴィンテージソウル好きもいっぱいいるし。リバイバルの可能性はこの先にもあると思います。
ルイス「そうかもね。ヴェルヴェットのファーストだって、リリース当時はまったく売れなかった。でものちに、みんなが夢中になった。だから、そういうことは起こるのかもしれない」