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音響派やポストロックに通じる後期ツェッペリン

ここでぜひ読んでほしいのが、ジム・オルークのインタビュー(TimeOut、2013年6月13日)だ。シカゴ実験音楽シーンの代表格であり、ポストロックやアメリカーナ、アンビエントなど様々な領域で歴史的名盤を連発する一方で、ガスター・デル・ソルやソニック・ユースへの参加を筆頭に越境的な共演も多数、石橋英子など日本のシーンとの関わりも深い音楽家であるジムは、このインタビューで「どこかの新しいロックバンドの曲よりはレッド・ツェッペリンの曲を聴きたい。彼らの曲は500回聴いても飽きないけれど、いま出てきているのがそれほどいいかどうかは疑問です」と述べている。

『プレゼンス』は僕にとって完璧なんです。それぞれのフレーズで使うギタートーンの細部まで、アルバム全てが熟考され、熟選され、完成した。細部にこだわっていないようで、ものすごくこだわっている。それなのにあたかも即席でつくられたかのように聴こえる。これはとてもすごいことなんです。(中略)なにかをつくるときのおもしろいことの半分は、自分がやっていることをどう隠すかなんだと思います。

このインタビューは、2015年の傑作『Simple Songs』(1999年の名盤『Eureka』から16年ぶりとなった歌もの作品)の制作中に行われたもので、ツェッペリンやジェネシス(ピーター・ガブリエル在籍期)からの影響は同作にも大いに反映されているのだという。

こういう観点からツェッペリンの音楽を聴きなおしてみると、トーク・トークやシカゴ音響派のようなポストロックの系譜に通ずる要素が多いことに気付かされる。そして、そういう要素が前面に出てくるようになったのが『IV』(特に、アルバム最後を飾る“When The Levee Breaks”の驚異的なドラムサウンド)、本格的に開花するのが『Houses Of The Holy』から『Physical Graffiti』のあたりなのだが、ツェッペリンがハードロックの代表格に位置付けられ※1、ロックの歴史全体においてハードロックが新鮮なサブジャンルだった1970年代前半のアルバムばかりが紹介されると、それ以降の作品は初期作のファン(ハードロック的なものと相性の良い人)以外に興味を持たれづらくなってしまう。

しかし、実は〈それ以降〉こそがこのバンドの凄みが発揮されていく時期であり、音響派的な表現の増加やハイトーンボーカルの減少などもあわせ、初期作のノリが苦手な人も楽しめるようになってくるところでもある。そして、そうした進化の頂点が示されたのが、バンドの勢いのピークが捉えられた『Physical Graffiti』と、メンバーの交通事故によりツアー予定を中止せざるを得なかった状況での緊張感が反映された『Presence』なのだ。

 

〈着地しない〉蜃気楼のような聴き心地

『Physical Graffiti』は、レッド・ツェッペリンのアルバムのなかで、全体を通しての時間感覚の表現が最も美しくはまった傑作と言えるだろう。本作は、1974年に録音した8曲の合計時間がアルバム1枚半ぶんで中途半端だったために、1枚に削ぎ落とすのではなく、過去作では浮くと判断され未収録となった7曲(『Led Zeppelin III』では1曲、『IV』と『Houses Of The Holy』ではそれぞれ3曲)を加えて2枚組に仕上げたという変則的な成り立ちなのだが、曲の並びに違和感はまったくない。ジャムバンドまたはアンビエント的にゆったりした展開ペースと、散漫なフレーズを入れず磨き上げられたポップソングに仕上げる構成力とが、強力なリフを軸とした音楽スタイルのもとで全曲見事に両立されているのだ。

これは、当時ライブバンドとして絶頂期に達していた圧巻の演奏表現力によるところも大きいだろう。例えば、本作リリースの直前に実施された2月13日のユニオンデール(ニューヨーク州ナッソー群)公演は名演の呼び声高く、即興展開が定番となっていた名曲“Dazed And Confused”は40分超に拡張されていた。こういう長尺をエンタテインメントとして成り立たせる緩急構成力や出音の良さが『Physical Graffiti』の収録曲すべてに反映され、それが数珠繋ぎのように連なってアルバム全体に統一感ある居心地を与えているのだ。

このようなダイナミクスコントロールの妙が最も活きているのが、名曲“Kashmir”(8分半、ディスク1の最後)から“In The Light”(8分44秒、ディスク2の冒頭)に至る中盤の流れだろう。複雑な引っ掛かり(“Kashmir”は3と4のポリリズムを軸に変則的なアクセント移動も多発)で緊張感を保ちながら着地しない、『IV』収録の代表曲“Stairway To Heaven”のような明確な起承転結とは一線を画する曲展開には、淡白なまま壮大になる独特の雰囲気もあわせ、解決感に乏しい蜃気楼のような存在感がある。

“Kashmir”は多くのアーティストのインスピレーション源となり、レインボーの“Stargazer”やクリムゾン・グローリーの“In Dark Places”、聖飢魔IIの“GLORIA GLORIA”など多くの優れた楽曲の誕生に貢献したが、そうしたハードロック/ヘヴィメタル系の大曲はどうしてもドラマティックな叙事詩になりがちだ。しかし“Kashmir”には、悠久の流れのなかで在り続ける風景、またはそれに相対したときの茫漠とした気分を描いているような趣があり、捉えどころがないのに不思議な手応えのある居心地が同じ具合で続いてゆく※2。これは『Physical Graffiti』の他の曲にも言えることで、そういう〈着地しない〉居心地があるからこそアルバム全体の流れが止まらず繋がっていくのだろう。

そして、ツェッペリンならではの極上のバンドサウンドのうち、軋みヨレ続けるグルーヴ表現がそうした居心地と共鳴する一方で、芯を捉えて深く刺さる出音が安定感を補うために、浮遊しながらどっしり構えるような聴き味が得られる。総体として、本当に絶妙な配合からなる音楽なのだ。