the cabs、cinema staff、9mm……2020年代にも影響を与える残響recordの功績
そして、オーバーグラウンドへと浮上した〈下北系〉の流れと、よりコアなエモ〜ポストロックの流れの双方を受け継ぎながら存在感を増していったのが、2004年に設立された残響recordのバンドたちだ。インストのバンドも数多く所属して、インストのブームにも大きく貢献しつつ、その中でも〈歌〉の比重が大きかった9mm Parabellum Bullet、People In The Box、cinema staffらがメジャーへと進出し、現在も活動を続けている意味はとても大きい。彼らのルーツにあるアメリカン・フットボール、ミネラル、ペンフォールドといった90年代のUSのバンドは、2010年代のエモリバイバルを経て、2020年代の若手バンドとの共有事項となっている。
そんな残響recordの再評価を強烈に印象づけたのが、今年1月に発表されたthe cabsの再結成に対するリアクションの大きさだ。デビュー作が2011年リリースの『一番はじめの出来事』なので、正確にはこの原稿の〈2000年代〉という趣旨からは外れるのだが、2006年に結成され、2013年の解散まで駆け抜けた彼らについては触れないわけにはいかない。
the cabsの再結成ツアーは、リアルタイムで彼らのライブを体験していないであろう若い世代からも大きな反響を呼び、追加で決まったファイナルの豊洲PITは、当時の彼らのワンマンのキャパを大きく上回るもの。テクニカルなアルペジオ、プログレッシブな展開、手数の多い強烈なドラム、ポップなメロディーとスクリームの掛け合い、内省的かつファンタジックな歌詞の世界観など、彼らの影響を語る若手バンドは非常に多く、ボーカル/ギターの高橋國光がthe cabs解散以降に始めたソロプロジェクトで、cinema staffの三島想平と飯田瑞規、元ハイスイノナサの鎌野愛らがサポートするösterreichはすでにkurayamisakaと共演するなど、若手との交流がスタートしている。
残響recordのバンドたちが今の若い世代から支持を受ける理由として、アニメやボカロといった現代のユースカルチャーとの接点も大きいと言える。cinema staffが「進撃の巨人」、People In The Boxとösterreichが「東京喰種」のアニメにてテーマ曲を担当し、ハイスイノナの照井順政は「呪術廻戦」第2期の劇伴を担当するなど、現在の10〜20代が好むダークファンタジー的な作品と彼らの楽曲は相性が良く、その世界観が支持されている。
そして、「呪術廻戦 懐玉・玉折」のオープニングテーマ曲“青のすみか”を手がけたキタニタツヤは以前より残響recordのバンドのファンであることを公言し、実際に楽曲からはエモやポストロックからの影響が感じられる。キタニはボカロPとしての顔も持ち、ヨルシカをサポートしていたりもするが、ヨルシカが2023年に発表した音楽画集『幻燈』でイラストを担当した加藤隆は、People In The Boxの“旧市街”や“気球”、米津玄師の“パプリカ”などのMVも手がけており、ここにも確かなリンクがある。
2010年代に入るとロックフェスが一般化し、よりフィジカルで、リズムにノリやすく、みんなで楽しめるバンドにシーンの中軸が移っていったわけだが、自らの精神性を強烈に打ち出し、細部まで緻密にこだわり抜かれた2000年代のバンドの楽曲が、ボカロ系のクリエイターからの支持を受けるのは納得ができるというもの。2020年代の後半は、2000年代からの系譜を受け継ぎつつ、ネット以降の世代にとって影響の大きいカルチャーと接続し、更新することによって、新たな価値観を体現するバンドが浮上する時代になっていくのかもしれない。