Photo by Kenji Agata

アンドロイドが未来を歌う、渋谷慶一郎「MIRROR」最新公演

 11月5日、サントリーホールで渋谷慶一郎の新作〈アンドロイド・オペラ『MIRROR』-Deconstruction and Rebirth -解体と再生-〉が上演される。AI搭載の人型ロボット〈アンドロイド・マリア〉が歌い、渋谷のピアノ、俊英たちによるオーケストラ、僧侶の声明、そして映像が交錯する。ワーグナーやスクリャービンが目指した音楽劇が現代に進化した、〈21世紀の総合芸術〉と言える公演だ。

 コンセプチュアルな構成要素はもちろん、熟考される楽器の響きに耳を澄まして欲しい。オーケストラの一部や声明を客席通路や2階席に配置するという大胆な試みで、ホール全体を一つの楽器として鳴らすことを試行する。渋谷は、舞台と客席の境界を超え、観客、奏者、アンドロイド、僧侶が共存する〈音響の森〉を作りたいという。クラシック音楽の殿堂サントリーホールを、未来的な実験場に変えてしまうのだ。オーケストラには、コンサートマスターを務める成田達輝、石上真由子(ヴァイオリン)、上村文乃(チェロ)といった日本を代表するクラシック演奏家が参加。新曲や“BLUE”のオーケストラ版も初披露される。アンコールも特別な仕掛けがあるという。トップ奏者による高い演奏水準が担保されつつ、聴衆は未知の体験へと誘われるだろう。

©︎ATAK

 本作は、これまでドバイ、パリ、東京を巡演し、大きな話題を呼んだ「MIRROR」の発展形だ。渋谷はこの作品で世界の〈終焉〉を提示して来たが、今回の副題には〈Deconstruction(解体)〉と〈Rebirth(再生)〉が添えられた。そこには破壊だけでなく、そこから新しいものを芽吹かせようとする視点が込められている。

 パリで活動する渋谷は、戦争や分断が深まるこの現代を「既に終わっている」と話すが、現地のクリエーターたちとの対話を通して、「テクノロジーとスピリチュアリティが結びつき、AIを〈新しい救い〉として捉える潮流を感じている」とも語る。AIを破壊者ではなく希望として受け止める意識が広がっているのだ。それが、解体と再生の意味するところだ。

 その象徴として、アンドロイド・マリアが歌い手としてデビューする。このロボットは渋谷の亡き妻マリアをモデルとして開発された。「アンドロイドで死者を蘇らせたいわけではない。心の中で生き続ける存在がテクノロジーを通して形になることに意味がある。人は肉体の死だけで終わるのではなく、他者の記憶の中に残り生き続ける。マリアが亡くなったとき、死は一つではないと考えるようになった」と渋谷。

©︎ATAK
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 アンドロイド・マリアは、死の多様性を可視化する存在であり、さらに人間中心の音楽形式を進化させうる新たな楽器でもある。公演当日は舞台で歌唱することに加え、演者と会話もするという。「世界一美しいアンドロイドを目指して開発した。とても生々しいのでコンサートで共演することに少し恐怖もある」と渋谷は話す。果たして渋谷とアンドロイドとの間でどんな掛け合いが繰り広げられるのか、注目だ。

 進化した「MIRROR」が示すのは、終わりから始まる未来だ。AIとスピリチュアル、アコースティック音と電子音、死と再生。その交錯のただ中で、聴衆は新しい感覚に触れるだろう。サントリーホールの荘厳な空間を満たすアンドロイド・マリアの歌声は、私たちに〈解体の先に広がる風景〉を見せてくれるに違いない。

 


LIVE INFORMATION
渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ『MIRROR』-Deconstruction and Rebirth -解体と再生-

2025年11月5日(水)サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:00/19:00

■出演者・参加アーティスト
コンセプト、作曲、ピアノ、エレクトロニクス:渋谷慶一郎
ヴォーカル:アンドロイド・マリア
高野山声明(藤原栄善、山本泰弘、柏原大弘、谷朋信)
ANDROID OPERA TOKYO ORCHESTRA(コンサートマスター:成田達輝)
アンドロイドプログラミング:今井慎太郎
映像:ジュスティーヌ・エマール(Justine Emard)
AIプログラミング:岸裕真
AIプログラミングアドバイザー:池上高志
音響:ZAK
アンドロイド開発 制御システム:松村礼央
機構設計:島谷直志  
フェイス製作:右田淳
主催:メルコグループ
制作:ATAK(info@atak.jp)

https://atak.jp/news/20250911/