Photo by Marco Borggreve

アレクサンドル・タローの来日公演が2025年11月13日(木)に東京・銀座ヤマハホールで開催される。今回のピアノリサイタルは、〈音色の魔術師〉ことタローが母国のフランス音楽の源流ラモーからプーランク、シャンソンの曲、さらにモーツァルトのピアノソナタまでを披露する独創的なプログラム。この秋、ヤマハホールの極上の音響空間で楽しみたい公演をピアニスト/音楽ライター長井進之介に紹介してもらった。 *Mikiki編集部


 

映画「ボレロ 永遠の旋律」でも活躍、音で多くを語るピアニスト

アレクサンドル・タローは、卓越した技術と美しい響き、ニュアンスに富んだ音色、楽曲への強いリスペクトによって生み出される説得力のある音楽づくりが魅力のフランスのピアニストである。

バロックに古典派、そしてロマン派や現代音楽まで幅広いレパートリーをもち、そのすべてでこれまで高い評価を受けてきたタローはアンサンブルピアニストとしても厚い信頼を寄せられており、室内楽でもその音色と表現力を活かして多彩なアーティストとのコラボレーションを行ってきた。

演劇や映画とのコラボレーションや俳優業(!)にまでチャレンジしており、昨年話題となった映画「ボレロ 永遠の旋律」ではラヴェルに対し攻撃的な批評家の役を見事に演じた。さらに劇中の音楽の演奏も担当し、その演奏はラヴェルの音楽の魅力を改めて聴き手に届けてくれるものであった。楽曲の構造を鮮やかにしながら、それらを支えるハーモニーの変化をニュアンスに富んだ音色で鮮やかに示し、色彩や空気感までも音によって描き出してしまうのである。音によってこれほど多くのことを語ることができるというのは稀有であり、またそれはタローがあらゆる芸術に造詣が深いからこそ実現できるものである。

 

音楽性を最大限発揮するフランス作品と洗練されたモーツァルトのピアノソナタ

そんな彼のもつ音楽性が最大限に発揮されるのはやはりフランスの作品だ。なにしろバロック時代の作品を見ても旋律に装飾音、和声、あらゆる点で洗練された音楽が作り出されている。これらは美しく魅力的だが、そのぶん弾き手には抜群のセンスとそれを実際に音へと昇華させることのできる技術が求められる。そしてそれをあわせもつのがアレクサンドル・タローというピアニストなのだ。

今回のリサイタルは、タローの芸術性が見事に結実したプログラムとなっている。バロック時代といえばまずバッハの顔や楽曲が浮かぶかもしれないが、その当時、フランスこそ音楽の最先端をいっており、バッハ自身もフランスの舞曲から多くの影響を受けている。そしてその流行を作り出していた作曲家の一人が、ジャン=フィリップ・ラモーだ。今回演奏される“クラヴサン(チェンバロ)曲集”は優雅でありながらどこか哀愁を帯びた旋律、それを彩る華麗な装飾音、舞曲のステップが聞こえてくる楽曲で、一瞬にして18世紀フランスの宮殿へとタイムスリップするかのような感覚を味わえるだろう。

そしてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトもその影響を大いにうけた作曲家のひとり。ラモーの作品を聴き、改めてモーツァルトの軽快で洗練されたピアノソナタを聴くことで、それを大いに感じていただけることだろう。特に今回の“トルコ行進曲付き”の第2楽章はフランスの宮殿で最も重要な舞曲であった〈メヌエット〉で書かれているのだ。

バロック、古典派の作曲家の作品の後には一気に20世紀の作曲家、フランシス・プーランクの作品へと時代が移る。しかしプーランクは〈天才メロディスト〉と呼ばれ、その音楽はバロックや古典派時代の作曲家への深いリスペクトから生み出されている。また彼は同時代に流行していたシャンソンも愛し、多くの歌曲やそれを意識したピアノ曲も多数書いた。その軽妙洒脱な音楽の世界は聴いた瞬間に抗えない魅力によって聴衆を引き込んでいくのだ。その後に広がるのは珠玉のシャンソンをピアノソロに編曲した、美しく心を打つ名旋律たち。一度音を出したら減衰していくのみとなるピアノで歌の作品を演奏するというのは本来非常に難しいのだが、タローの巧みなタッチのコントロールと華やかな装飾によって彩られた楽曲が合わさることで、一見不可能なことが見事な形で実現していくのである。

フランス音楽の源流から現代にいたる歴史を美しい楽曲と演奏で存分に堪能できる時間は、日常を鮮やかに彩ってくれることであろう。とくにシャンソンは秋の夜の雰囲気と非常に相性がいい。会場に足を運ぶ人々の〈芸術の秋〉が豊かな時間となることをお約束する。

 


LIVE INFORMATION
珠玉のリサイタル&室内楽
アレクサンドル・タロー ピアノ・リサイタル

2025年11月13日(木)東京・銀座 ヤマハホール
開場/開演:18:30/19:00
出演:アレクサンドル・タロー(ピアノ)
料金(税込):7,700円
主催:ヤマハ株式会社ヤマハホール

■注意事項
※都合により出演者、曲目が変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください
※未就学児のご入場はご遠慮いただいております
※チケット料金には消費税が含まれております

■チケット情報
チケット販売中
チケットぴあでのご予約・お申し込み
WEBからのお申し込み:http://ticket-search.pia.jp/pia/search_all.do?kw=304-923 ※座席選択可能
Pコード:304-923
発売日:2025年7月19日(土)
座席種別:指定席

■お問い合わせ
ヤマハ銀座店
TEL:03-3572-3171(ヤマハ銀座店 インフォメーション)
営業時間:11:00~18:30
定休日:毎週火曜日(祝日の場合は営業いたします)
住所:〒104-0061 東京都中央区銀座7-9-14

■プログラム
J. P. ラモ―/新クラヴサン曲集 第1番(第4組曲) より
アルマンド、クーラント、サラバンド、三本の手、ファンファリネット、ガヴォットと6つの変奏
W. A. モーツァルト/ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調「トルコ行進曲付き」K. 331
F. プーランク/15の即興曲 より 第15番 ハ短調「エディット・ピアフを讃えて」
C. トレネ(J. ヴィエネール編)/詩人の魂、わが若かりし頃
F.プーランク/愛の小径
J. ブレル(A. R. エル=バシャ編)/行かないで
A. ワイセンベルク/シャルル・トレネによる6つの歌の編曲 より「あなたは馬を忘れた」
G. ペソン/黒い休息
L. フェレ/作品番号第10番
M. ベルジェ/もちろん
A. カブラル(A. タロー編)/群衆

詳細:https://retailing.jp.yamaha.com/shop/ginza/hall/event/detail?id=7289

 


PROFILE: ALEXANDRE THARAUD
アレクサンドル・タローは25年に及ぶキャリアを通じ、クラシック音楽界における唯一無二の地位を築き、フレンチピアニズムの担い手として活躍している。クープラン、バッハ、スカルラッティからモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、ブラームス、さらにラフマニノフや20世紀の著名フランス人作曲家に至る幅広いレパートリーを録音したソロアルバムは25枚を超え、そのほとんどが主要音楽専門誌の賞に輝いている。また演劇制作者、ダンサーなどクラシック音楽以外のジャンルの音楽家たちとのコラボレーションを通じて多彩な芸術的試みにも挑んでいる。ソリストとして最近ではバイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団など世界の一流オーケストラと共演。世界の主要なコンサートホールでのリサイタルも多い。エラート・レコーズと専属レコーディング契約を結び、活発なレコーディングを行っている。2017年、ピアニストとしての自らの日常生活を興味深く語った著書「Montrez-moi vos mains」を出版。2021年、フランスの音楽大賞ヴィクトワール・ド・ラ・ミュジーク・クラシックよりインターナショナル・ソリスト・オブ・ザ・イヤー賞を授与された。2022年に映画音楽を特集した『Cinema』と題するCDをリリースし、2023年は4手プロジェクトに挑むなど、視野の広い活動を精力的に展開している。