〈珠玉のリサイタル&室内楽 シモン・トルプチェスキ ピアノ・リサイタル〉が2026年9月5日(土)、東京・銀座ヤマハホールで開催される。世界の名門オーケストラと共演を重ね、故郷マケドニアで初の国家芸術家としてその名を轟かせるピアニストがヤマハホールに初登場するこの公演。彼の多彩な音楽性を描くプログラムで圧倒的な技巧とカリスマ性、円熟味を増した演奏を極上の音響空間で堪能できるはず。そんなコンサートをTOWER CLASSICAL SHIBUYAのスタッフ森山慶方に紹介してもらった。 *Mikiki編集部
初来日から20年、ロシアピアニズムを受け継ぐ実力派のソロ公演
デビュー25周年を迎えたシモン・トルプチェスキは、バルカン半島南部に位置する北マケドニア出身のピアニスト。当時ベルギーの王立モネ劇場音楽監督だった指揮者・大野和士に才能と資質を注目され、大野が指揮する新日本フィルの演奏会にソリストとして出演し初来日、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番を弾いたのが2006年。つまり、初来日から20年の区切りに実現するのが今回のソロリサイタルだ。
とはいえ、2001年にロンドンでキャリアをスタート、2002年にEMIからCDデビューして以降、トルプチェスキは着実にレコーディングを重ね、ラフマニノフ、チャイコフスキー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチといったロシアの作曲家たちに始まった主要なピアノ協奏曲録音はブラームスにも及んでいる。また、2026年春にはサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番・第5番のリリースを控えている。ソロアルバムもキャリア初期より、ラフマニノフはもちろんのことショパンやドビュッシーなどを録音しており、まさに〈実力派〉と呼ぶにふさわしいディスコグラフィを築いているのがトルプチェスキだ。
トルプチェフスキは故郷で本格的な音楽教育を受ける際、モスクワから招聘されたリュドミラとボリス、ロマノフ夫妻にピアノを学ぶことができた。トルプチェフスキがインタビューで「非常な幸運」であり「天の恵み」であると振り返っているように、師ボリス・ロマノフは、ラフマニノフと親交のあった名教師コンスタンチン・イグムノフや、ヤコブ・ミルシテインに師事していた。〈ロシアピアニズム〉の伝統を受け継ぐ伯楽から広大なレパートリーを学んだことが、トルプチェフスキ自身のピアニズムの核心を形作っているであろうことは想像に難くない。それは彼の演奏活動、ディスコグラフィからも容易にうかがえよう。そしてそのことは、今回のリサイタルのプログラムにも如実に反映されている。
ベートーヴェンの変奏曲、チャイコフスキーの独奏曲が伝える魅力
ベートーヴェンの変奏曲が2作品、選ばれているのが特徴的だ。いずれも2021年録音のアルバム『モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス:変奏曲集』に収録されている。当盤は英国の専門誌「グラモフォン」2022年1月号で特選盤にあたるエディターズチョイスに選出された。冒頭の愛らしいロシア舞曲を主題にもつ変奏曲とは対照的に、大柄で荘重なスケールを備えた“創作主題による32の変奏曲”では、ロシアピアニズムにおけるベートーヴェン演奏の伝統を香らせながら、明確な個性を真摯かつ明快なタッチで刻印する。ベートーヴェンでのトルプチェスキの手腕が実演で味わえる注目のプログラムといえる。
“四季―12の性格的描写”から取り出されたメランコリックな美しい“秋の歌”といい、どこか張り詰めた透明感が漂い、濃厚に乱舞するような歌謡性さえ哀切がこもる“ドゥムカ―ロシアの農村風景”といい、チャイコフスキーの土香るロマンティックな独奏曲が並ぶのも、耳に鮮やかな対比をなすことだろう。ピアノ協奏曲のディスク(第1番・第2番、2012年録音)ではオーケストラの明朗なサウンドと相まった、華やかで開放的な目覚ましい快演を聴かせ、トルプチェスキの魅力を存分に伝える。今回のリサイタルでは、切々と音を紡ぐ筆致に思うまま身をひたしつつ、もうひとつの魅力を堪能することができるはずだ。