キング・オブ・ポップの実像
それでも映画の公開が当初予定されていた2025年4月からこのタイミングまで延期になったのは、マイケルという規格外のスーパースターが辿った数奇なキャリアのどの時期をどのように切り取るかの試行錯誤に時間を要したからだろう。先述の「The Jacksons: An American Dream」は親子/兄弟関係をテーマに父母の出会いからマイケルがジャクソンズ脱退を決める84年の〈Victory Tour〉までを描いたジャクソン家のストーリーだった。また、2021年初演のミュージカル「MJ The Musical」は93年の〈Dangerous World Tour〉を控えた状態からキャリアのさまざまな局面を振り返っていく形式で構成されている。今回の「Michael/マイケル」も、当初は2009年までの全キャリアを追った2部構成にするという案もあったようだが、最終的には名実共に〈キング・オブ・ポップ〉の称号に相応しい存在となった『Bad』(87年)期までの栄光で物語はまとめられている。つまり、90年代に入ってマイケルを襲った謂れなきスキャンダルや、疑惑が晴れるまでの顛末などはここでは描かれていない。言い換えれば、生涯にわたってマイケルを苦しめ続けたゴシップ的な方面にわざわざ興味を振り向けるのではなく、マイケルの音楽やパフォーマンスそのものにフォーカスした内容となっているわけで、これは英断だと思う。なぜなら、彼は常に自身の音楽によって何度もそうした偏見や誤解と闘い、それを乗り越えてきたからだ。
物語の大まかな流れは、純粋な事実や功績としてすでに広く知られている部分も多くなる。強権的な父の厳しい指導を受けて音楽的素養を磨き上げたマイケルは、兄たちと組んだジャクソン5がモータウンから数々のヒットを世に送り出して華々しい成功を収めるなか、リード・シンガーとして特別な才覚を発揮する。数年後にモータウンを離れたグループはジャクソンズと改名するが、その過程でソロ・アーティストとして覚醒したマイケルは、名プロデューサーのクインシー・ジョーンズと邂逅。『Off The Wall』(79年)を皮切りに『Thriller』(82年)と歴史的な名盤を作り上げ、世界的なトップスターの地位を手にするが、その影には幼少期からスターとして歩んできた孤独と、野心的で支配的な父への葛藤、そして自分自身の音楽を追求したい創造への欲求がつきまとっていた。そして6兄弟が揃ったジャクソンズのツアー中に、マイケルはグループ脱退を宣言。己の信念に従って初のソロ・ツアーへと踏み出していく……。
そのようなマイケルの成長と進化を映し出した物語を彩るのは、サウンドトラックに収録されたナンバーをはじめとする問答無用の名曲たちだ。もちろん、初めてムーンウォークを披露した83年のTV番組「Motown 25」での“Billie Jean”のような名場面と結びついたアイコニックなパフォーマンスもストーリーをこのうえなく盛り上げる。さらには、そうした輝かしい姿と並行して、父との確執をはじめとする舞台裏の感情や成長過程における内面の苦悩が掘り下げられることで、神格化されがちな〈キング・オブ・ポップ〉の人間としての実像にも迫っているのが重要なポイントだろう。コアなファン以外の層には知られていなかった側面も描いた本作は、なぜマイケルが良くも悪くも常人離れした存在になったのかも浮き彫りにする。表現者としての凄まじい魅力そのものは音源や映像に触れればすぐに伝わるものだとして、「Michael/マイケル」はその奥にあるものを描いているのだ。ある種のフィルターを通して彼を見てきた人たちにも、リアルタイムで間に合わなかった世代にとっても、本作は各々のマイケル・ジャクソン像を再定義する作品となるだろう。
5月6日に日本盤がリリースされる映画「Michael/マイケル」のサントラ『Michael』(Legacy/ソニー)
文中に登場する映像作品を一部紹介。
左から、2024年公開作「ボブ・マーリー:ONE LOVE」(NBCユニバーサル)、2022年公開作「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」(ソニー・ピクチャーズ)、2018年公開作「ボヘミアン・ラプソディ」(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン)
マイケル・ジャクソンの作品を一部紹介。
左から、78年作『Off The Wall』、82年作『Thriller』、87年作『Bad』、マイケル・ジャクソンの91年作『Dangerous』、ジャクソンズの84年作『Victory』(すべてEpic)
MOVIE INFORMATION
映画「Michael/マイケル」
圧倒的な歌唱力と革新的なダンス・パフォーマンスで、アーティストの枠を超え、全世界的なアイコンとなった〈キング・オブ・ポップ〉ことマイケル・ジャクソン。
彼は幼いころから兄弟と共に歌い続けていた。製鉄所で働く野心家の父・ジョセフは、「人生は勝つか負けるかだ」と言い放ち、厳しいレッスンを課した息子たちを兄弟グループ〈ジャクソン5〉としてデビューさせた。彼らを観た聴衆は誰しもマイケルの圧倒的な歌声に酔いしれた。評判になったグループはモータウン・レコードと契約し、スターダムを駆け上がっていく。しかし、喝采の裏で彼はまだ一人の少年だった。孤独と重圧の中、唯一無条件の愛で支え続けたのが母・キャサリンだった。
やがて青年となったマイケルは、音楽史にその名を刻む名プロデューサー、クインシー・ジョーンズとの出会いによって、ソロ・アーティストとして前人未踏の音楽的創造性を爆発させていく。『Off The Wall』『Thriller』、歴史的メガ・ヒット・アルバムと名曲の数々を生み出し、全世界の寵児となっていくマイケル。
しかし、その栄光の裏には、早熟の天才ゆえの孤独感、強権的な父親の呪縛、家族への愛と自分の中に溢れるビジョンとの間で葛藤する一人の人間の姿があった……。
監督:アントワーン・フークア
脚本:ジョン・ローガン
製作:グレアム・キング、ジョン・ブランカ、ジョン・マクレイン
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・クルー・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、 マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー他
(2026年製作/128分/アメリカ)
原題:Michael
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ
2026年6月12日(金)より全国公開
https://www.michael-movie.jp