東京で街の記憶を残す〈平間写真館 TOKYO〉オープン

 写真家・平間至がこのたび三宿に写真館をオープンした。店名は〈平間写真館TOKYO〉。宮城県の塩竈にある、110年の歴史を持つ〈ひらま写真館〉のTOKYO支店といったところか。まず訊いてみたのは、館主と呼ばれるようになったことの気持ちから。

 「ピンとこない。俺の事じゃない気がする(笑)。館主感、ぜんぜんないですから。そもそも何を着てればいいんだろう?」

 確かに彼が法被を着て店の入り口に立っているイメージは湧きづらい。

 「でも、いよいよオープンしたって感じはあるかな。とにかく写真館は家業ですから、いつかはやるんだろうと思っていたんですよ。いまは、お店を開けているんだっていう実感をヒシヒシと感じている。これまでリアルに“場”を持つという感覚を抱いたことがなかったものですから」

 プロのフォトグラファーとして第一線で活躍を続けながらも写真界、音楽界に奉公しているつもりだったと笑う彼。そこまで言わせるほど、家業の写真館はずっと彼の人生の一部としてごく当たり前に存在し続けるものだった。

 「僕の人生は東京にいる期間のほうが長いけど、地に足が付いている感覚がぜんぜん湧かなくて。心は塩竈にいながら東京に仕事をしに来ている気がずっとしてた。それは、写真家であっても写真館をやっていないという後ろめたさが絶えずあったせいかもしれない。けっして義務感からくるものではないんです。僕にとって写真館とは家業ってことを超えて、街の記憶を預かる、人々の記憶を残す役割を担う仕事だというイメージがある。それは作品を残す作業とはまったく別のものなんです」

 人の記憶を残していかねば、って気持ちがより強くなったのは、東日本大震災の経験が大きいと彼は心の内を明かす。

 「震災発生から11日目に戻ると塩竈の街は瓦礫だらけ。実家はギリギリ浸水を免れました。でもヒラマ写真館で撮られた写真は多く流されてしまった。なんとか記念で撮った写真だけ持って逃げた、って話は何人かに直接聞きました。その経験が写真館を開くきっかけになったことは確か。人にとって写真がいかに大切なものかという事実を、身を持って知ったので」

 話を聞くほど、故郷ならびに写真館が彼のなかで絶対的なものとして厳然と存在していることがわかる。それを第二の故郷に作ることの意味。〈平間写真館TOKYO〉はきっと、彼と東京との関係を見つめ直すための場所になるのだろう。

 「確かに今後、東京との付き合い方が変わっていく気もする。もしかすると、この街に暮らすうえで僕の本当の役割ができるのかも」

箭内道彦,平間至 DOCUMENTARY PHOTO & MESSAGE OF ''NO MUSIC, NO LIFE?'" 音楽と人(2015)

 そして同タイミングで、彼のライフワークをまとめた写真集『DOCUMENTARY PHOTO & MESSAGE OF“NO MUSIC, NO LIFE?”』も刊行された。

 「ここ最近は、NO MUSIC, NO LIFE?の平間さん、って言われるほど、僕の代名詞になっている。箭内(道彦)さんやタワレコの方など、みんな程よく肩の力が抜けた状態でやれていて、いい意味でいい加減。基本的に打ち合わせもしないし、ギリギリまで被写体が決まってないこともある。最初のシリーズから20年近く経っているけど、絵コンテを切ったことは3回ほど(笑)。このユルさが長寿化につながったんじゃないですかね、きっと」

 確固たる信頼関係をベースに各々が自由にやるスタイルがタワレコ気質に合っていたってことなのだろう。何やらミュージシャンがセッションしながら音楽を作り上げていく行為を連想させたりも。

 「ミュージシャンの持つ適当さというかフレキシブルな姿勢に似たものは確かにある。そんなスタッフが発する自由な空気が被写体に伝わった結果、こういう写真が撮れたんじゃないですか。やっぱりタワレコらしいんでしょうね」

 生活を豊かにする音楽があちこちから聴こえてくるNo Music No Life写真館。ふたたび多くの人に笑顔をもたらすはず。

【参考動画】東京事変〈NO MUSIC, NO LIFE? ポスター〉メイキング映像

 

GALARY INFORMATION

平間写真館 TOKYO

住所:東京都世田谷区池尻13-28-5 B1F
定休日:毎週水曜日
価格:記念撮影:1ポーズ1カット/12,000円(税別)より
*その他、ギャラリー・スペースのレンタルなど

http://hirama-shashinkan.jp/