Day Is Done―最愛の母を見送るため、スフィアン・スティーヴンスは進行中のプロジェクトを一度すべてストップし、一枚のアルバムを完成させた。幼き日の記憶をゆっくりと辿るようなその歌は、深い愛に満ち溢れ、悲しくも優しい光を纏っていて……
外向的な活動を経て、ふたたび自身の内面へ……
USインディー・シーンの顔役、スフィアン・スティーヴンスが約5年ぶりのオリジナル・アルバム『Carrie & Lowell』を引っ提げてカムバック。といっても、その間に彼はかつてなく精力的に課外活動を行っていた。2011年にルーツの『Undun』に参加してファンを驚かせたかと思えば、翌年にはサン・ラックス&セレンゲティとヒップホップ・ユニットのシシファスを結成し、2014年に初作『Sisyphus』をリリース。また、盟友のブライス・デスナー(ナショナル)やニコ・ミューリーと太陽系をテーマにしたプラネタリウムなる現代音楽のプロジェクトまで始動。さらに、お馴染みのクリスマス・アルバムの続編も発表した。
そんな最中、スフィアンに母親の病死という辛く悲しい出来事が襲った。その母親と義理の父親の名を冠した今回の新作は、幼少期を家族と共に過ごしたオレゴン州での記憶がモチーフになったそう。やや分裂症的だったエレクトロニックな質感の前作『The Age Of Adz』(2010年)からは一転、彼のディスコグラフィーのなかでもっともパーソナルで、内省的なアコースティック作品に仕上がっている。冒頭曲の“Death With Dignity”とは尊厳死を意味するが、昨年末にニュースでも話題になった通り、オレゴンはアメリカで唯一、尊厳死を認めている州だ。歌詞も〈死〉や〈喪失〉を連想させるショッキングな単語が並ぶものの、バンジョーの旋律と美しいコーラスが天国へと導くようなタイトル曲をはじめ、不思議と重苦しさはない。頓挫した(と思われる)アメリカ50州プロジェクトの続きを見せてくれる傑作だ。 *上野
ニック・ドレイクを思わせる、極めて簡素な歌の作品
サン・ラックスやセレンゲティと組んだヒップホップ・プロジェクト、シシファスでのアルバム・リリースを挿んで、スフィアン・スティーヴンスの5年ぶりとなるスタジオ作品が到着した。ブルックリンにある彼のホーム・スタジオでレコーディングされた本作のタイトル『Carrie & Lowell』は、母親と義理の父という身内の名前から取られている。というところからも想像できる通り、非常にパーソナルな空気感が色濃く浮かぶ仕上がりだ。ここではチープな電子音や異世界へと誘うストリングスが、妖しげに跳躍することなど一切ない。次から次へ流れ出るのは、頭の上に暗くて重い雲を運んでくる囁き声とアコギのくすんだ音色ばかり。ニック・ドレイクの遺作『Pink Moon』の世界まであともう数歩というような、もはや骨格だけに近い、すべてが歌へと収束された楽曲のみで構成されているのである。そんな今作をフォーキーなサウンドに立ち返ったルーツ回帰的なアルバムと解釈することも可能なのだろうが、はたしてこれは直球なのか変化球なのか、ちょっと見当つかないところがあったりする。いずれにせよ、最初から最後まで、いまスフィアンの音楽に触れているのだと実感させてくれる素晴らしい出来映えなのは間違いない。そう言えば、収録曲を聴きながら、エリオット・スミスの横顔がふと浮かんで消えなくなったっけ。それで思わず泣けてきたんだ。 *桑原