スフィアン・スティーヴンスは日本でもヒットした2017年の映画「君の名前で僕を呼んで」に提供した“Mystery Of Love”で、第90回アカデミー賞の歌曲賞にノミネートされたアメリカのシンガー・ソングライターだ、などという紹介文句では当然収まらない音楽家である。言ってしまえば、存命する音楽家のなかでももっとも巨大な才能を持つ一人であり、2000年代以降のアメリカを代表するアーティストの一人だと思う。

SUFJAN STEVENS, ANGELO DE AUGUSTINE 『A Beginner’s Mind』 Asthmatic Kitty(2021)

 そんな彼が、自身のレーベルからリリースもしているアンジェロ・デ・オーガスティンと共に、アルバム『A Beginner’s Mind』を作り上げた。二人で一緒に観た映画の数々からインスピレーションを受けて制作されたというこの作品では、「イヴの総て」「オズ」「ヘルレイザー」などの作品から取られたと思しきモチーフが歌詞においても用いられているが、それは直接的な言及というよりかは非常に暗示的でシンボリックな形で登場している。あくまでも映画というのは創作上のとっかかりというわけだ。

 二人の共通点でもあるフォーキーで温かなサウンドがアルバムの主軸となっているが、人当たりのいい楽曲のなかにもふんだんに音楽的なアイデアが持ち込まれており、その洗練は極められている。アメリカ大衆音楽の豊かな伝統を受け継いだ作品であり、同時にポップ・ミュージックの枠組みを拡張する先鋭的な作品でもある。まずはキャッチーなメロディーを持つ“Back To Oz”を聴いていただきたい、そして最終的にはアルバム全体をしっかり聴いてみてください。

MAC McCAUGHAN 『The Sound Of Yourself』 Merge(2021)

 同じくUSインディー・シーンからはスーパーチャンクのマック・マコーンがソロ・アルバム『The Sound Of Yourself』をリリースした。ソロ2作目となる今回の『The Sound Of Yourself』では“Dawn Bends”“Circling Around”など、スーパーチャンクとも通じる人懐っこいメロディーの楽曲を堪能できるが、それ以上にアンビエントな質感のシンセサイザーが耳を惹く作品である。

 と言っても、このアルバムにはいわゆる〈実験的な作品〉みたいに言われる取っ付きにくさはない。エヴァーグリーンなギター・ロックと静謐なアンビエントが地続きに存在している。例えば今作にも参加したヨ・ラ・テンゴがそうであるように、アヴァンギャルドな実験精神と人懐っこいサウンドが当たり前のように共存している作品だ。

 本国での影響力に比べて、スーパーチャンク、ましてやマック・マコーンという人の存在感は日本においてそこまで大きくはないだろうが、先述の『A Beginner’s Mind』同様、アメリカのインディペンデントな音楽シーンが持つ歴史的な蓄積と、〈日常的〉と言えるほど当たり前に存在する音楽的実験精神を併せ持つ今作は、日本においてもしっかりと聴かれてほしい。

 


【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。