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【その男、濱口祐自】第5回 レコーディング日誌:2013/2015 後編+2014年の思い出

新作レコーディング2日目の模様を、『濱口祐自 フロム・カツウラ』制作時の記憶と共に記す

【その男、濱口祐自】第5回 レコーディング日誌:2013/2015 後編+2014年の思い出

■2013年8月25日(月)
レコーディング2日目。十八番だという“Hard Times Come Again No More”の演奏を聴きながら、濱口さんの本領はしっとり系にあると確信する。そのしっとりした音色のなかに含まれているのが、郷愁を誘う潮の香り(そこにほんのりと木々や草花の香りがブレンドされているところもおもしろい)。大らかで開放感あふれる響きはときおりハワイ音楽を連想させるが、変則チューニングも多用されるようだし、スラック・キー・ギターの研究もしてきたに違いない。きっとバハマのジョセフ・スペンスやシエラレオーネのS.E.ロジーなんかもお好きなのかも(バイーアの宝、ドリヴァル・カイミの曲をカヴァーしてみたらどうだろう?)。それはそうとして、この人は日々どんな暮らしを送っているのだろう。どんな家に住み、どんなことにしあわせを感じながら過ごしているのだろうか、と灯点る眼下の新宮シティーを眺めつつぼんやり考える。彼の弾く抒情的なメロディーが路地のうえをゆっくりと流れていくのが見えた。

【参考動画】ジェイムズ・テイラーとヨー・ヨー・マによる
“Hard Times Come Again No More”パフォーマンス映像

 

【参考音源】ジョセフ・スペンスによる“Santa Clause Is Coming To Town”

 

レコーディング終了後、「こんな曲もあるんやけど」とジャジーな曲を弾いてみせてくれた濱口さん。新幹線で東京駅を離れるときに感じた切ない思いを表した曲らしい。いろいろと多彩なオリジナル曲をお持ちのようだ。ますます興味が湧いてくる。レコーディングはこの先も続けられる模様。どういう形になるのかいまから楽しみだ。

 


 

■2014年2月5日(木)
ヤーヤ祭りで賑わう尾鷲にユウジさんがやってきた。日本コロムビアでの打ち合わせのとき以来だから半月ぶりの再会だ。ユウジさんには明後日に新宮で開催する〈スケッチ・オブ・ミャークin熊野〉の特別ゲストとしてギターを弾いてもらう。しかし、メジャー・デビューが決まってしまうとは正直ビックリしたなぁ。以前にライヴを行ったことがあるという喫茶店のマスターも、さっきこの話をしたらえらく驚いていたっけ。ま、本人は至って平然としているのだけれど。

【参考動画】映画「スケッチ・オブ・ミャーク」予告映像

 

そんなユウジさんがあることで平然としていられなくなっているそうで、急遽会うことに。先日、久保田麻琴さんからラフ・ミックスが送られてきたのだが、ひとりで聴く勇気がどうもないようで、音源を目の前にして悶々とした日々を過ごしているとのこと。そんな事実を昨日の電話で初めて知り、じゃあふたりでいっしょに聴こうってことになった。

試聴場所となったのは、彼の軽箱バン。床からアスファルトがしっかりと覗けてしまう助手席に乗り込み、ふたりっきりのドライヴがスタート(穴を塞ぐ策としていろんなゴミが床に積み上げられていたため、ずっと体育座りのポーズをとり続けることになった)。ドラムとベースが入ったブルースは迫力満点だし、しっとり系もすこぶる情緒豊か。お世辞抜きにどの演奏もバッチリじゃないか。「ええんかいのう?」とユウジさんが訊く。「すごくええよ!」と答える俺。とにかく海岸通りや山間の風景とのハマり具合といったらハンパなく、体育座りしているこのシチュエーションをフッと忘れて、ロマンティックな気分に駆られることすらあったほど。「ええかぁ?」「ええきってく(=すごくいい)!」。質疑応答を延々繰り返しながら、祭りばやしがきこえる尾鷲をグルグルグルグル。街が暗闇に包まれるまで箱バンを走らせ続けた。

 

 


 

 

■2015年2月28日(土)
セカンド・アルバムのレコーディングは2日目に突入。その男は、珍しくジャージ姿で現れた。いつもに増してラフな格好である。昨日のユウジさんは見たことないほど疲労困憊していたが、まだだいぶ疲れが残っているご様子。それはそうだろう。またどうせ布団に入ってからも、演奏内容についてああでもないこうでもないと考えを巡らせて、きちんと休めなかったに違いない。ただ、反省がグルグルと渦巻いている状態でありながらも、昨日渡されたレコーディング音源が入ったCD-Rはおそらく一切耳にしていないはず。これだけは断言できる。答えはわかっていたけど一応訊いてみると、〈聴かん聴かん〉とキッパリ。こいつは封印決定だな。でもまぁまたあのときのようにドライヴしながらだったら聴いてもらえるかもしれない。

 

 

 

ギターのネックに企業秘密のベビー・パウダーを振りかけ、ドライヤーの温風で指を温めながら、録音の準備を整えていく。昨日の失敗を踏まえて、前半はおとなしめの曲を多めにし、ペースダウンしないように心がけようと話し合う。昨日のようにハイテンションのまま走り続けると、また指がいうことをきかなくなってしまうだろう。今日は後半にドラムとのセッションが控えているのだ。ということで、1曲目は“Gymnopedies”に決定。ルバートで弾くこのエリック・サティのカヴァーはライヴでかなりの人気を誇り、音盤化のリクエストも高かった。テイク1、ゆったりした演奏に何やら異音が混じっている。ときどき挟み込まれるこの唸り声のような音はいったい? 一同が首を捻る。正体はユウジさんの鼻息だった。そこで、たぶん演奏に集中できるだろうと、マスクを着用することにする。

偶然まわしてあったヴィデオをあとで観直してみて、このとき彼がどんな状態だったのかわかった。消え入りそうなほど繊細なこの演奏は、全身のエネルギーを左手の指一点に集中させ、悶えるようにして紡がれたものだった。小さく身を屈め、歯を食いしばり、目を血走らせながら、弦の上にそっと指を這わせていく。その姿はまるでギターに念力をかけているかのようにも見えた。あれは決して誰も見ちゃいけない類いの光景だったのかもしれん。この曲のときに麻琴さんが「もう少しマイクに近づいて」としきりに指示していたことが思い出される。「ある意味、世界でいちばん小さいギターの音かも」と彼がぽつりと呟いていたことも。

 

 

 

昨日話していたトキエ・ロビンソンさんに捧げる曲を即興で弾く。忘れないうちに録ろうということで、急いでテープを回す。それにしても、なんと優しいのだろう。ユウジさんが初めてアメリカに行ったときの印象なども込められているのだろうか。でもユウジさんの心の半分は勝浦へ飛んでいる、そんな印象も抱いた。メロディーの端々に潮の香りが混じっていて、胸の振り子を揺らすような郷愁を運んで来てくれるいい曲だ。続くステファン・グロスマンのカヴァーでも知られる“Mississippi Blues”は、〈禁じられた遊び〉に次いで付き合いが長いとあって、お茶の子さいさいといった調子の演奏であった。これも早く世に出さねばいけない1曲だと思う。

そしてアルバムのハイライトとなるであろう“しあわせ”の番である。濱口祐自の人生にはいつでも海があり、浜辺があったことを教えてくれるこのバラード・ナンバー。ここには彼のすべてが描かれているのだと断言したい気持ちに駆られることもしばしばある。そんな大切な1曲を渾身の力を振り絞って演奏し、結果ワンテイクでOKとなる。プレイバックを聴きながら、この歳になってだんだん良い声になってきたと自画自賛する彼。確かに今日はしゃがれた感じのヴォーカルがいい具合に枯れた風情を醸し出していた。〈ねぶかぶし〉と父、武さんから言われ続けて、といつもMCでも自嘲気味に話しているけれど、このテイクに文句を付ける者はひとりとしておるまい。「やっぱりひとりだな」と麻琴さん。誰かの演奏を別録りする必要はない、という意味だ。時間が止まっているかのようなひとりぼっちの世界。大きな世界に向かって開かれた浜辺の歌。言葉少なだけれども心の底から大切だと思うことをひたむきに呼びかけている歌声。「脇の谷の風景が見えてくるわ」としばらくは興奮しきりだったユウジさんだが、もちろん俺もまったく同じ印象を抱いていた。

 

 

 

作業もだいぶ進んだころ、伊藤大地くんがスタジオ入り。いろいろ大変で……なんて言っているので何事かと思ったら、ネット・ニュースのトップに〈SAKEROCK解散を発表〉という見出しを発見。確かにそれは大変だ。その話題について話し合う間もなく、すぐに録音に突入。本日のクライマックスとも言うべきふたりの“Caravan”が始まる。濱口祐自ライヴのオープニング・ナンバーの座をキープし続けるこのスタンダード・ナンバーは前回に一度レコーディングを試みているのだが、もっといいテイクが録れるはずだというプロデューサーの判断により、今回に持ち越されることになったのだった。広いスタジオのなかでしばらくの間、ふたりの小気味いいぶつかり合いが続く。さっき「やっぱ、テキはええ顔しとるわ」と大地くんを褒め称えていたユウジさんだけど、ふたりが熱く見つめ合っているのが目に浮かぶようないい演奏ばかりだった。

【参考動画】SAKEROCKの2015年作『SAYONARA』収録曲“SAYONARA”

 

もう爪が限界だというところでレコーディングは終了に。今日もまたトータル8曲とたんまり録ることができた。気持ち的にももう限界ということで、早足で駅前のハモニカ横町へと向かう。今晩は好きなだけアルコールを流し込んでいただこう。しっかりと介抱させてもらいますから。

1作目のレコーディングのときはいまひとつ調子を掴みかねていたところもあったユウジさん。いまいち納得がいかないと思うことも少なくなく、人生で初めてストレスというものを感じたとこぼしていた。ある時期、濱口祐自とYuji Hamaguchiは別の人間だ、なんて口にすることもあったっけ。しかしそれは仕方のないこと。何十年間もずっと自分のペースでモノづくりを行ってきたのだから、他者が介在するとなると揺らぎが生じるのは当たり前の話だ。そして、これまでのようにひとりで作っていたらどんなに楽だろう、という発想に至るのは当然の帰結。そんなこんなもあり、ひょっとしたら2枚目は実現しないのでは?なんて懸念されることさえあったけれど、いまこうして濱口祐自の新たな魅力を届けることが可能になった。誰かと乾杯したいほど嬉しい。

 

 

 リリースから1年、『濱口祐自 フロム・カツウラ』は多くの人から支持を受けて、確実に名刺代わりの一枚となっている。また、久保田麻琴との化学反応のおもしろさを分析して楽しむリスナーも増えているように思う。いずれにせよ、次のアルバムは、変わらないこと、変えないことをモットーに生きる濱口祐自がこの1年間に得たさまざまな反響を如実に反映している内容になっていると断言できる。それから、最近のライヴの人気曲がふんだんに散りばめられたグレイテスト・ヒッツ的な作品となっていることもお伝えしておこう。

※記事初出時より一部内容を変更しました。(更新:4月30日23:42

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PROFILE:濱口祐自


今年12月に還暦を迎える、和歌山は那智勝浦出身のブルースマン。その〈異能のギタリスト〉ぶりを久保田麻琴に発見され、彼のプロデュースによるアルバム『濱口祐自 フロム・カツウラ』で2014年6月にメジャー・デビュー。同年10月に開催されたピーター・バラカンのオーガナイズによるフェス〈LIVE MAGIC!〉や、その翌月に放送されたテレビ朝日「題名のない音楽会」への出演も大きな反響を呼んだ。現在、待望のニュー・アルバムを鋭意制作中! 最新情報はオフィシャルサイトにてご確認を。

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