顔なじみがたくさん集うアットホームな雰囲気も良いけれど、できればユウジさんの生演奏に初めて触れる人が多そうなライヴを選んで足を運びたい。演奏に感銘を受け、強烈なキャラクターに圧倒されてみるみるうちに表情が変化していく彼らを眺めるのが何よりも楽しみだから(なかにはすべてが凄すぎると落ち込んでしまったりする人もいる)。それが彼の地元に近いところであれば、なおさら楽しみが増すというもの。

この日に向かったのは、那智勝浦から車で1時間半ほどの三重県・紀北町にある〈らーめん ケンぞ~〉。名前をみればわかるとおり、正真正銘、れっきとした、バリバリのラーメン屋さんである。店主の桑原健次くん、ライヴを主催した堀端朋久くんに聞いたところによると、どうやら東京や名古屋から駆けつけるお客さんもいるらしい。きっとそこに行けば、こちらを感動させてくれる何か特別なものが待まっているに違いない……と、自分と同じく胸の高鳴りをおぼえた人がいてもおかしくはない。

 

 

 

化学調味料をいっさい使わない無化調ラーメンにこだわるこのお店でユウジさんがライヴを行うのは今回が初めてではない。昨年末に行った第一回目は入りきらないほどのお客が押し寄せ、大盛況のうちに終わったとのこと。そして今回は、勝浦の〈ゆや〉と同様に、開催する告知を出しただけでほぼ定員が埋まったそうで、初めて濱口祐自のライヴを体験する方も少なくないようだ。店の広さからすると、40人も入れば満杯。ただ町の規模を考えれば、集客を難なくクリアできたことはやはり大したもの(ここら辺での40人は、都市部だと3倍の120人ぐらいに匹敵すると誰かが言ってた)。その客のなかには、ウチの両親も含まれている。ユウジさんの新参ファンであるふたりから、この店でのライヴが素晴らしいってこと、ラーメンがめっちゃ美味しいことをあらかじめ聞かされていたのだ。

「でも、ラーメン屋のくせにライヴなんかやりやがって、って声も耳に入ってきていて」と桑原くん。この辺ではラーメン屋でライヴをやることはご法度なのか? そんなことはない。ただの妬み嫉みだろう。確かに、こちらに対しても、なんでラーメン屋なの?と笑って訊ねてくる人がいることはいた。けれども残念ながらユウジさんの気質を見誤っていると言わざるを得ない。蔑ろにされるようなことがない限り、どこでだって弾くで、というのが彼のモットー。流しのようにゴールデン街の片隅でも弾いてたこともあったし、インストア・ライヴでもないのにCDショップのど真ん中でギターを爪弾いていたこともあった。それは極端な例だとしても、自身の音楽を伝えるために相応しい場所だと察知できたなら場所は問わない。「出る杭上等。ユウジさんが、ここでやろう!って言ってくれたことが僕にとって最高の勲章」と桑原くんは笑う。僕にラーメン屋?と含み笑いをした人にも言っておこう、この場所でライヴすることは、ユウジさんたっての希望なのだ。堀端くんが補足する。「去年の夏、ユウジさんの熊野古道・伊勢路ツアーをやって、その打ち上げでここに彼を連れてきたんすわ。店に入って10秒経ってなかったと思う。ユウジさんがいきなり〈ここでやろや!〉って言い出して。その夜、店にはうっすらクラシックがかかっていたやけど、なんかピンとくるもんがあったんやと思う」。

 

 

開店前の店を見渡しながら、ユウジさん初来店時の雰囲気を想像してみる。すぐさまピンと何かの弾ける音が僕のあたまのなかでも響いた。言葉では説明しがたいのだが。それにしても、こんなスープの冷めない距離で彼のギターにかぶりついて観られるのだから、お客さんは楽しくてしょうがないだろう。前回はユウジさん初体験の男子高校生がキラキラした目で演奏を見つめていたのが印象的だったと堀端くんが教えてくれた。あの日食した一杯の演奏は少年たちのなかでどんな思い出になっているのだろうか。

さてその日のユウジさんは、ラッキー・カラーであるオレンジのシャツを羽織って現れた。御用達のナカミチ(地元で有名な激安ショップ)ではなく、3月に丸亀市で行われた写真家・鈴木理策さんとのイヴェントの前に購入したさらのシャツだ。つまりこれは四国でのイヴェントがうまくいったっていう報らせでもある。「そんなことよりも、ちょっと聞いてくれるか……」とユウジさん。「歯が欠けてしもて」といきなりのビックリ発言。こないだ荒尾さんと飲みに行った先で、お店の子にグラスをぶつけられたらしい。お店にはそのことを言ったのかと訊くと、相手が可哀想なのであまり強く言えなかったという。いつものように「ええんや、ええんや」と笑って済ませてしまったのだろう。まったく、優しいにもほどがある。治療を受けるのが不安のようでまだ歯医者さんに行ってないというが、歌にも支障が出るし、早めの処置が必要だ。その日は「どうしよかいのう」としきりに口にしていた。

 

 

 

そんなケンぞ~での一夜だが、目の前でポロポロと涙を流しながら聴いていたわが母の姿が何よりもライヴの素晴らしさを物語っていた。開始前に「ま~洒落たシャツ着て」とユウジさんをバシバシ叩きまくり、ヒヤヒヤさせてくれた彼女が熱弁をふるう。「前から天才やとは聞いとったけど、初めて意味が分かったわ」。そういえば、彼女が泣いているのを見るのはいつぶりのことだろう。よく思い出せない。「いろんな場所で演奏をやってきた成果がきちんと出とる。表現力が格段にアップしとるわ」といっぱしの評論家気取りの口をきく彼女だったが、否定する余地がないのでただ黙ってうなずくしかなかった。

この日のユウジさんは勢いで押していったりすることなく、じっくりと丁寧に音を紡いでいるように見えた。そのせいで、いつもより演奏がゆっくり目に感じられたほどで、とりわけしっとり系は濃厚かつ深々とした情感を湛えたものになっており、食べ応え満点だった。初めてライヴを観る人が多いこともあってか、演奏の途中でかすかに聞こえてくる「おぉ……」というため息交じりの声にも、新鮮な喜びのニュアンスが含まれていたように思う。ライヴが進むにつれて、ゆらゆらと静かに立ちのぼっていく湯気。もちろんスープのそれではない。ギターから放たれる一音一音を聴き逃すまいと耳を澄ます観客たちの発する熱がちょっとないほどだったのだ。かといって、固苦しい空気に包まれているわけでもなく、人前で決して泣いたりしないわが母の涙腺を緩ませてしまうほどに心地良く優しい空気に満ちていた。そんななかで聴く郷愁たっぷりの“テネシー・ワルツ”がどれだけ美味だったか。懸念された〈歯問題〉も特に何事もなく、朴訥とした歌いっぷりが魅力の“ラブソング”も味わい深く響き渡った。

そういえば、ユウジさんがMCでいろんなくすぐりを入れてみてもさほど笑いが起きないのは珍しかった。地元が近いとはいえ、この辺の人は勝浦弁をすんなり聞き取るのが難しいのか。東京でのライヴのように、まったく異質な言葉として受け止められれば思いっきり笑えたりもできるのだろうが、イントネーションが近かったりするだけにどうにか解読できるだろうと耳をそばだてて聞き入ってしまい、そうなってしまうのだろう。ま、それも何度かライヴに足を運んでいるうちに慣れていくはずだ。

 

 

 

ケンぞ~ライヴだが、ゆやライヴと同じく、アフター・パーティーがメイン・イヴェントと言ってもよかった。半分ほどのお客さんが残っただろうか。ユウジさんのお好みどおりに部屋の照明を落とし、濱口祐自特製のミックス・テープを流して、ムーディーな気分を高めていく。まったりとした時間が流れるなか、お客さんからのギターや楽器周りについてのマニアックな質問が絶え間なく続く。ジャズやクラシックなどさまざまなジャンルの即興演奏についての講義も行われたりして、ライヴのとき以上に場が盛り上がる。酔いもまわってゴキゲンなユウジさんが「これやで」とサムズアップ。地元で活動するジャズ・シンガー、嶋田百々子さんとのセッションなども交えながらパーティーは夜遅くまで続いた。

【参考動画】嶋田百々子の2014年のライヴ映像

 

あの夜、ケンぞ~にはいつもユウジさんが理想とするサロン的な雰囲気が広がっていた。ライヴハウスのように整備されてはいないけれど、確実にユウジさんの音楽と親密な関係が育める快適な空間があった。そんなケンぞ~もやがて、熊野の〈とクスクス〉や田辺の〈GOLIRA〉のように、地元のホームグラウンドのようになっていくのだろうか。とにかくユウジさんは最近、地元でのライヴが増えているのが嬉しくてたまらないらしく、この夏、田辺にピーター・バラカンさんを招いて〈ピンポンDJ〉をやることが決まったことを興奮気味に話していたりした。和歌山県の中南部に位置する田辺は、彼にとって第二の故郷のような場所だ。そんな田辺において拠点となっているコーヒーハウス、GORILAについて少し話を。

YouTubeにアップされていたユウジさんを発見した久保田麻琴さんが最初にコンタクトをとったのがこのGORILAだった。マスターの平川哲男さんは、ユウジさんがオファーを受けるべきかどうか迷っていたとき背中を押した人。ユウジさんは「50代は楽しかった」と時々口にすることがあるのだが、それはGORILA並びに田辺の人々との出会いがあったからだ。40代の頃は生活も苦しく、なかなかうまくいかないことも多くて、この先どうするかきちんと考えなければ……なんて気弱になったこともあったらしい。そんな矢先に平川さんらとの出会いがあり、彼は運気をグイと引き寄せることができた。そんな田辺には、メジャーを離れてふたたび個人活動に戻って周りが静かになっても、まったく変わることなくワイワイやれる仲間がたくさんいる。友だち関係を長く続けられるかどうかを何よりも大切な判断基準とする彼にとって、田辺はいつだって安心して帰れる場所なのだ。

【参考動画】GORILAで演奏する濱口祐自;

 

このところのユウジさんは地元での交流活動を推進し、しっかりと足場を固めていこうと一生懸命になっている。メジャー・デビューを果たしてから帰る場所があちこちにできたが、生活の拠点を置く地元においてどっしり腰を落ち着けて音楽活動に励みたい気持ちも強くなっているようだ。来たるべき60代のライフプランを思案している最中なのである。聞けば、GOLIRAの平川さんと小さなバスをチャーターして和歌山一帯をライヴしてまわろう、なんて楽しいプランもいろいろとあるようで。何だか遠足みたいなで楽しそうだ。

結局のところ、勝浦が、地元がいちばんいいってことをみんなに知らせるために東京へ出ていっているようなところがなくはないと思う。決して都会がイヤというわけではなくて地元が好き過ぎるだけのことなんだが、やはり熊野灘からの潮風に吹かれながら人生のしあわせについて考えを巡らせながらギターと対話しているほうが彼には似合うような気もする。とにかく、会いに行けるギタリストになることをめざしているユウジさんは、全国のみんなを招いて港のプレハブでパーティーを催したいと本気で夢見ているのだ。

 

 

ライヴ三昧だった5月も終わり、いよいよセカンド・アルバムも完成に近づきつつある。快晴で陽射しの強い某日、リード・トラックとなる“Welcome Pickin'~Caravan”のPV撮影のために向かったのは、鎌倉にある由比ヶ浜。黒いハード・ケースを手に潮風に吹かれている姿はギターを持った渡り鳥というよりも、フーテンの寅さんふうだ。趣のある古びた漁師小屋と彼とのハマり具合は予想以上。やはり汐の匂いのする町はどこも濱口祐自のふるさとなのかもしれない。数日後には、渋谷にあるライヴハウス、サラヴァ東京において演奏シーンの撮影が行われた。同曲でカッコいいドラム・プレイを披露している伊藤大地くんが、SAKEROCKの解散ライヴを翌日に控える忙しい身でありながら駆けつけてくれた。麦わら帽を被ったふたりは、さながら田舎ふうブルース・ブラザースといったところ。そんな両者の息のあった演技を若き映像チーム、大崎ブラザーズがしっかりとカメラに収めていく。完成品が届くのは間近だろう。

 

 

 

 

 

アルバム・タイトルが決まった。その名も『濱口祐自 ゴーイング・ホーム』。リリースは7月22日を予定。那智勝浦が生んだギター風雲児は、これからまた忙しい夏を迎える。

★連載〈その男、濱口祐自〉の記事一覧はこちら

 

PROFILE:濱口祐自


今年12月に還暦を迎える、和歌山は那智勝浦出身のブルースマン。その〈異能のギタリスト〉ぶりを久保田麻琴に発見され、彼のプロデュースによるアルバム『濱口祐自 フロム・カツウラ』で2014年6月にメジャー・デビュー。同年10月に開催されたピーター・バラカンのオーガナイズによるフェス〈LIVE MAGIC!〉や、その翌月に放送されたテレビ朝日「題名のない音楽会」への出演も大きな反響を呼んだ。待望のニュー・アルバム『濱口祐自 ゴーイング・ホーム』が7月22日に到着予定! 最新情報はオフィシャルサイトにてご確認を。