心身共にクリーンになり、すっかり自信を取り戻したいま、ストロークスとしてではなく、一人の男として、改めましての自己紹介。孤独や挫折を知る彼だからこそ作れた、人生に効くロックがここにはある!

 

 

やっぱり怖かった

 いまから10年近く前に初めて本名名義のアルバム『Yours To Keep』を送り出した際、アルバート・ハモンドJrにはソロ・アーティストとしての長期的な展望や野心があったわけじゃなかった。とにかく音楽を作るのが好きで、プレイするのが好きで、ストロークスのスケジュールに隙間ができたら、何もしないよりも一人で曲を書き、自分で歌って、レコーディングし、ミュージシャンとしてごく自然な欲求を満たしてきたまで。とはいえ、枚数を重ねるごとに作品の完成度は高まり、音楽性とスケールは広がり、かつ独自色が強まったのも、やはりミュージシャンとして自然な成り行きなのだろう。

ALBERT HAMMOND Jr. Momentary Masters Vagrant/MAGNIPH(2015)

 そしてここにお目見えするソロ3作目『Momentary Masters』には、あきらかに目的意識がある。これまでとは違う気迫がある。「とにかく素晴らしいアルバムを、これまで作ったことがない音楽を作りたかった」と本人が意図を説明する通りに。

 「いまの僕はフロントマンとしてよりクリアな力を自覚していて、〈ソロのキャリアを確立したい〉という欲求を感じている。このアルバムはそれを実現させるために作ったんだよ」。

 彼がこのような心境に至った理由を考える時、セカンド・アルバム『Como Te Llama?』から7年の空白が空いたことにまずは注目したい。この間にアップもダウンも体験し、なかでもアルコールと薬物依存が悪化してリハビリを受けたことはよく知られた話だ。2010年にクリーンになって復帰したが、しばらくは曲が書けなかったという。

 「自分がもう一度やれるという自信が持てなかったんだ。最初に書いた曲はストロークスの“One Way Trigger”(最新作『Comedown Machine』に収録)で、あの曲が生まれるまでの1年半、自分から何も出てこなかったよ。人生が流れる川だとしたら、川岸にいるようなものだった。〈みんながそこにいるのに、僕はどうやって入ったらいいのかな〉っていう状態で。それから実際に飛び込んだけど、やっぱり怖かった。でもいまではおもしろくなって、〈何をあんなに怖がっていたんだろう?〉と思うくらいさ。何かを手に入れたいなら、その場所に居合わせれば大抵は何とかなるんだよ」。

【参考動画】ストロークスの2013年作『Comedown Machine』収録曲“One Way Trigger”

 

 そんなふうに心機一転し、創造欲を取り戻すと、『Comedown Machine』発表から間もない2013年秋にソロEP『AHJ』をリリース。ほぼ一人で作り上げた同作には、力強い歌声にもカラフルなサウンドにも情熱が漲っていた。同年末には結婚もし、マンハッタンを離れてNY郊外へ移り住んでいる。そして新たにバック・バンドを結成。ツアーを行ってケミストリーを確立すると、メンバーを交えて本作に着手する。

 「バンドといっしょにレコーディングするか否かは、その時々の顔ぶれにもよるんだけど、いまのメンバーはまさしく僕が必要としている人たちなんだ」と評するその仲間たちを、プロデューサーのガス・オバーグ共々自宅に招き、生活を共にしながらホーム・スタジオで録音を敢行した。ガスはストロークスの4作目『Angles』の共同プロデューサーでもあるが、『Yours To Keep』のエンジニアを務めて以来、アルバートの全ソロ作品に参加。今回も曲作りの段階から密に関わったそうで、これまた「言葉では言い表せないほど重要な存在」と絶賛している。

「もし僕が正しい方向へ進めずにいても、ガスが道標を示してくれる。相当厳しくされたよ。あんなに厳しい彼は見たことがなかった。でもそれが楽しかったから、文句を言うつもりはない。むしろ誰かに背中を押してもらえるのは素晴らしいことだし、ガス自身もそれでワクワクしているのがわかったんだよね」。

 

過去の自分への恋文

 こうして完成に至った『Momentary Masters』は、アルバートにとって「極めて大切なステップだった」という『AHJ』の延長にある会心の一枚だ。初めてジャケットに自身の写真を用いたことも、自信を映しているのだろう。昂揚感と切迫感が入り混じるナーヴァスなエネルギーを湛え、終始アップビートでポップで簡潔な10曲に、60年代ロック、ガレージ、パンク、ニューウェイヴ……とこぼれんばかりのアイデアを凝縮。そして「楽しくて、かつ思想に裏打ちされたアルバム」という目論見通りに、耳にノンストップの刺激を与えつつ、頭にも数多の思索の種を蒔く。当人は、天文学者カール・セーガンの著書「惑星へ」をインスピレーション源のひとつに挙げ、「この本と出会った時、自分が信じられることと巡り合った気がして、ひとつの閃きを得た」と振り返る。アルバム・タイトルもそこからの引用で、〈束の間の支配者たち(Momentary Masters)〉とは地球と人類がいかに小さな存在かを表すフレーズだ。なるほど、本作には30代半ばに差し掛かったアルバートが物事の一過的な性質を受け入れ、これからの生き方を見極めているようなところがあり、「過去の自分への恋文」とも位置付けているとか。

 「僕は多くの知識を得た代わりにイノセンスを失ってしまった。それゆえに長い時間を費やして、人生への新たな好奇心を形作ってきたんだ」。

 だからアルバートはたくさんのクエスチョンを投げ掛けている。“Touche”では人間関係について、“Power Hungry”では社会について、“Coming To Getcha”では老いと死について……。例えば先行シングル“Born Slippy”は、「自分を形作っていたものが壊れてしまった時にどうなるのかを歌っている」とのこと。 

 「そこには混乱と孤独感があって、同時に将来への希望がある。自分でコントロールできないことは手放して、流れに身を任すのも時には必要なんだ。そうすることで自由と興奮を得られるからね」。

 唯一のカヴァー曲も、何かに終わりが来ることをポジティヴに捉える、ボブ・ディランの“Don't Think Twice, It's All Right”だ。

 このあとは長期のツアーに突入し、10月には日本にやって来るアルバート。「田舎に引っ越したのも、このアルバムを携えてめいっぱいツアーするためにお金を貯めたかったからさ」と、ただならぬ気合いを覗かせる。「ラウド・ミュージックを期待していて!」とも語っているので、こちらもそれなりの覚悟で臨みたい。