(C)Hidemi Seto

 

ダンスと音楽のスリリングな関係

 踊りと音楽は、その誕生から切っても切れない関係であると言われているが、双方を深く理解しダンス作品を創作している振付家は、それほど多くないのではなかろうか。そう感じてしまう残念な作品もある中で、実は指揮者や作曲家を目指していた振付家や、音楽を深く愛し敬意をもって創作しているダンサーも少なからず存在する。そう聞けば、どのように曲を解釈して振り付けているのか。ダンスのみならず、音楽の視点からも舞台を楽しめるというものだろう。この秋、そんなダンスと音楽の両者を堪能できる舞台が相次いで日本で紹介される。

 10月はイスラエルを代表するバットシェバ舞踊団が来日する。日本にファンが多いこのカンパニー、日本ツアーで選ばれたのは、オハッド・ナハリン芸術監督就任10周年に創作された『DECADANCE』。カンパニーの人気作品をオムニバス形式で並べ、世界中で上演され続けている代表作であり、構成内容も上演する度に変化する、更新し続ける作品という点も極めてユニークだ。

 振付家ナハリンの作品は、イスラエル民謡はもとより、クラシック音楽に民族音楽、アルヴォ・ペルトスティーヴ・ライヒ等の現代音楽と、実に様々な音楽のコラージュによって構成されている。バラエティに富んだ音楽に乗って激しく踊る、世界各国から集まった個性的なダンサーたちは、パワフルでエネルギッシュ。圧倒的なアンサンブルのパワーによって、空間を振動させ波打つように伝わってくるリズムは、音楽と踊りが同時に発生したその起源をも喚起させてくれる。世界各国の多様な音楽に加え、身体リズムや無音すら音楽として強い印象を残す舞台。そこには音楽とダンスが一体として誕生したライヴパフォーマンスの始原を見出すことが可能だろう。

 続く11月からツアーが始まる「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」では、イーゴリ・ストラヴィンスキーの音楽に振り付けられた3つの舞踊作品が登場する。大作曲家ストラヴィンスキーの発見の契機となったのが、バレエ・リュスで1910年に初演されたバレエ音楽『火の鳥』である。その後、彼は数々のバレエ音楽を作曲することになったが、今回は代表作ともいえる『火の鳥』、1913年『春の祭典』、1918年『兵士の物語』を連続上演する。

 音楽そのものが魅力的であることは言うに及ばず、舞台用に生み出されたストラヴィンスキーの音楽は、先鋭振付家たちの創作意欲を掻き立てるらしく、初演から100年の間に、モーリス・ベジャールイリ・キリアンピナ・バウシュ等、数々の巨匠振付家が舞踊化に取り組んできた、いずれも振付家の試金石的作品である。今回紹介するのは、現在世界的な注目を浴びている3振付家による現代バレエ作品だ。

 46歳で待望の来日公演を果たせぬままに亡くなってしまったドイツのウヴェ・ショルツは、若い頃に指揮者を目指していたとあって、ダンサーを音符のように動かし、音楽を視覚化した振付が高く評価されている。今回はショルツ版『春の祭典』を日本に初めて紹介。初演で主演を演じ、唯一本作を踊ることが許されていたジョバンニ・デ・パルマボリショイ・バレエ団出身のアレクサンダー・ザイツェフ香港バレエ団所属の高比良洋にダブルキャストで振り付ける。この大役を二人の個性派ダンサーがどのように踊るのかにも期待が高まる。

 世界中のバレエ団から創作依頼が殺到しているにも関わらず、日本で紹介される機会の少ない振付家マルコ・ゲッケの『火の鳥』は、ザイツェフと日本を代表するトップ・バレリーナの酒井はなが演じる衝撃のパ・ドゥ・ドゥ。ゲッケの斬新な振付により新たに生まれ変わる『火の鳥』。100年前の初演の感動を、今また体験することができるかもしれない。

 そして『兵士の物語』。本公演タイトルは「兵士」ならず、『悪魔の物語』だ。『兵士の物語』は詩人ラミューズの台本に沿って展開する音楽劇。初演の指揮はアンセルメ、改訂版の語りはジャン・コクトーが担当したというのも話題であった。香港の奇才ユーリ・ン振付の『悪魔の物語』は愛知芸術文化センターにて2004年初演。兵士が多数出演することに加え、タイトルが示すように、主役を兵士から悪魔へと反転させた台本、活動弁士を起用した語り等、数々の意表をつく演出で評判となったが、初演以来、日本では再演されることがなかった。10年間に香港や中国ではオーケストラと競演したコンサート・ヴァージョンとして再演を繰り返し、香港ダンスアワードを受賞している。今回は配役を一転、能楽師の津村禮次郎、キリアンの寵愛を受ける小㞍健太が主演を務め、2015年の同時代のダンスバージョンとして甦らせる。

 過去の優れた名曲に現代の振付家やダンサーが挑んだ本企画。新たな息吹を吹き込むことで、本来の音楽の魅力もさらに増すことだろう。舞台鑑賞の醍醐味のひとつ、ダンスと音楽のスリリングな関係を体感したい。

 

(C)Tatsuo Nanbu

 

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