金沢21世紀美術館
〈ザ・コンテンポラリー2 誰が世界を翻訳するのか〉
だれが世界を翻訳するのか
この展覧会では、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの作家11組が、自分を取り巻く社会背景にそれぞれの手法でアプローチした作品を紹介する。20世紀西欧主義が築いた世界観には、今、文化人類学を始めさまざまな分野で再考が試みられているという。でも歴史や国、社会や政治を主語に置いて考えるとたちまち思考停止してしまうので、あくまで作家個人の描く世界の方に、まずは自分の眼を向けてみたい。
まず目を引くのは、2015年ヴェネチア・ビエンナーレで栄誉金獅子賞を受賞した、ガーナ出身ナイジェリア在住のエル・アナツイの巨大な金属製のタペストリーだ。壁面を覆う赤茶色でところどころ襞の寄ったタペストリーは、遠目には布のように軽やかだが、実は酒びんのアルミ製の蓋を銅線でつないだ無数のパーツからなる(相当重い!)作品で、人々の途方もない作業の集積でできている。西欧とアフリカの関係、伝統的な手仕事や共同作業、さまざま複雑なレイヤーを1つのビジュアルに昇華させた、本展を象徴する作品といえるだろう。
ブリコラージュの手法やDIYの精神は、本展の明らかな特徴だ。フィリピンからオーストラリアへ移住したイザベル&アルフレド・アキリザンが好んで使うダンボールや、インド・デリー在住のスサンタ・マンダルの麻袋といった素材は、安価でどこにいても入手しやすい素材であり、それ事体が物を運ぶ性格を持つ「移動」と「横断」のメタファーでもある。一方、軍が押収した銃をぶっこわして楽器をつくったメキシコのペドロ・レジェスの《Disarm(武装解除)》には、DIYよりもメキシコの社会問題にぐっと踏み込んだレジェスのソーシャルな姿勢を感じる。物騒な見た目をした自動演奏打楽器が、時々奏でる(ちょっとショボい)演奏は必見。12月5、6日には、レジェスも参加して、世界の多様な国出身の人々が一堂に会する、《人々の国際連合》サミットが開かれるそうだ。
共同作業やコミュニケーションによるユートピアを探る方向もあれば、断絶とディスコミュニケーションをテーマにする作家もいる。アルトゥル・ジミェフスキの《彼ら》は、ポーランド内で異なるイデオロギーを持つグループが各団体を象徴する絵をそれぞれ描き、めちゃくちゃに上描きし合う様子を撮った映像作品。対立の感情がじりじりとエスカレートしていき、しまいには絵に火をつけて全員建物から退去する始末に。怖くて滑稽な人間の不寛容な姿が浮き彫りにされている。
イメージ、テキスト、音、映像、さまざまな要素を渾然一体に集めた「だれが世界を翻訳するのか」という展覧会は、だれが世界を翻訳す「べき」なのか、という問いではない。イラクの砂漠にズームイン/アウトを繰り返すジャナーン・アル=アーニの映像のように、世界を構成する複雑で細かな「きめ」に眼を凝らしたり、遠くから眺めてみたりしながら、真理を探ろうとするアーティストたちによる、果敢な探究のジャーナルなのだ。