日本最大級のパイプオルガンでバロックから現在の時空を超えた音を奏でる

 「楽器の女王」といわれるパイプオルガン。紀元前にその起源を有し、西欧中世以降にあっては教会建築と一体化するほどの規模の大きさを持つことを考えれば、むしろ「楽器の王」というべきかも知れない。現在はコンサートホールに設置されるものが多いが、中でも日本最大級のスケールを有するのが〈ミューザ川崎シンフォニーホール〉のパイプオルガンだ。4段鍵盤を備え、パイプの総数は、なんと5000本を越える。

 そのミューザ川崎で、バロック盛期から2000年代に至る名曲が奏される。演奏するのは、バッハブクステフーデ両大家のオルガン曲全曲録音を果たしたベルギーのオルガニスト、ベルナール・フォクルール。豊富な知識と技量を持ちながら(持つがゆえ、か?)、響きに素直に身を預けるような、あたたか味ある演奏で、CDの人気も高い。

 今回のコンサートでは、まずバロック期の作品として、大バッハが熱心に楽譜を筆写して学んだという、フランスの巨匠ニコラ・ド・グリニー。そして、北ドイツのオルガン音楽の頂点とされるブクステフーデ。彼の演奏を聴くために、若き日のバッハは真冬に400㎞近い道のりを殆ど徒歩で訪ね、期限4週間の休暇を無断延長して3ヶ月もその元に留まったというエピソードは有名だ。そして、もちろん大バッハ作品も演奏される。

 一方、現代作品としては、先年没したオルガニスト、マリー=クレール・アランの実兄で、第2次大戦で夭折したジャン・アランの2作品。20世紀オルガン音楽の大家メシアンの即興的手法を駆使した《聖霊降誕祭のミサ》から2曲。旧ソ連・タタール共和国出身のモダニスト、グバイドゥーリナ作品。そして細川俊夫の2000年の作品《雲景》。更にフォクルール自身の作品も披露される。

 つまり、ここには盛期バロック期から現代まで300年の時が横たわると同時に、カトリック~プロテスタント~正教、西洋~東洋の時空が広がっている。これだけの時空を体現できる楽器は、オルガンを措いて他にあるまい。まさに「楽器の王」たる所以である。

 今回のプロジェクト「暗闇と光」は、オーストラリアの映像作家リネット・ウォールワースとのコラボレイション。ウォールワースは、インターラクティヴなインスタレーションや、サンゴ礁などの海洋環境を扱った瞑想的ともいえる映像作品で知られ、音楽作品とのコラボレイションも多い。教会のステンドグラスとはまた違った意味で、拡がる時空を体感できるにちがいない。

★11月3日(火・祝)にミューザ川崎シンフォニーホールで開催される〈ベルナール・フォクルール パイプオルガン×映像プロジェクト「暗闇と光」〉の公演情報はこちら