自分が納得できる音楽を聴衆に届けるために
ヨーロピアン・コンサート・ホール・オーガナイゼーション(ECHO)2015/16年シーズンの“ライジング・スター”に選ばれたルクセンブルクの若手ピアニスト、キャシー・クリエ。その彼女がプロモーションで初来日し、プレス向けリサイタルを開催した。プログラムはヤナーチェクとラモーという意外な組み合わせ。
「ヤナーチェクと初めて出会ったのは19歳の時。彼のピアノ・ソナタを弾きたいと先生に告げたら、『お前にはまだ早い』と言われて頭に来た(笑)。でも、ようやく今になって先生の助言の意味が理解できました。力強く、エモーショナルで、時には容赦ないヤナーチェクのソナタを弾くためには、自分を限界まで追いつめなければいけないからです。今日はソナタの他に《草陰の小径にて》も弾きましたが、その中の《ふくろうは飛び去らなかった》という曲、実はチェコにおいてフクロウは“災害”の象徴なんです。そういうシンボリズムの知識が演奏に不可欠ですね。同様にラモーに関しても、装飾音の知識がなければ、ただの素っ気ない楽譜になってしまう。私はチェンバロも演奏するので、その体験がラモーでずいぶん役立ちました」
2014年には、そのラモーとリゲティをカップリングするという意表を突いたアルバムもリリースしている。
「まず、2人とも音楽学者だったという共通点がありますね。リゲティの《ムジカ・リチェルカータ》は、曲名がすでにバロックを意識していますが、彼は出来るだけシンプルな音を使い、既存の音楽規則にとらわれない作曲を試みました。一方、ラモーは『和声学』等の著作で有名ですね。同時代のバロック作曲家、例えばクープランとラモーを比較すると、前者の書法が右手に偏っているに対し、後者は左手を積極的に活用する実験を試みています。このように、リゲティとラモーの間には250年の隔たりがありますが、作曲に対する態度は2人とも共通していたと思うのです」
最新アルバムは新ウィーン楽派とツィンマーマンという、これまた硬派な組み合わせ。しかし、本人は必ずしも現代音楽を専門としているわけではないという。
「実演では絶対にそんなプログラムは弾きませんよ(笑)。コンセプチュアルな録音だから出来ること。実演では、自分がどういう聴衆に向けて曲を弾くか、という点を最も重視します。ベートーヴェンやモーツァルトも弾きつつ、少しずつ新しい音楽を紹介していくのが理想ではないかと。ピアノ音楽にはこれだけ膨大なレパートリーがあるのに、弾かれる曲はいつも同じというのが現実です。そうした状況の中、まずは自分がとことん納得できる音楽を聴衆に提示していくというのが、一番正しいやり方だと思うんです」