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新しいクラシックのムーヴメントは、ずっと前から始まっていたと思う

――あなたは『http://www.itstartshear.com』や『These Walls Of Mine』など、ポスト・インターネット時代における世界の変化を意識した創作にもチャレンジしてきましたよね。いまではサブスクリプション方式による音楽ストリーミングが全盛期を迎えていますが、そういったインターネットの発達はあなたの創作活動にどのようなインスピレーションを与えてきたのでしょう?

「音楽ストリーミングについては、それほど意見を持ってないんだ。ストリーミングが十分な収益にはならないと心配しているアーティストもいるけど、僕はいまのところそんなふうには感じていない。もし誰かが僕の音楽をストリーミングで聴いて気に入ったら、それがきっかけでライヴに足を運んだり、僕から直でレコードを買うことを考えてくれるかもしれない。このシナリオは素晴らしいよ!」

――そうですね。

「ただ、かつての僕はSNSやインターネット上のコミュニケーションに積極的だったけど、最近では正反対の方向に傾いているね。できるだけコンピューターを遠ざけようとしてるし、あらゆるソーシャル・メディアに登録していない。スマートフォンも意図的に持たないようにしている。5年前は、インターネットで発見したことにとてもインスパイアされたけど、いまの僕は目の前にあるものや、自然界の外にあるものによりインスパイアされるようになったんだ」

2012年作『http://www.itstartshear.com』収録曲“It Starts Hear”
2012年作『These Walls Of Mine』収録曲“Inside Out There”
 

――『http://www.itstartshear.com』には“I Am Piano”という楽曲も収録されているくらい、あなたの音楽でもピアノが多く用いられていますが、特にお気に入りのピアニストは誰でしょうか?

「いま一人挙げるなら、ニーナ・シモンだね。彼女は信じられないほどすごいよ」

ニーナ・シモンの69年作『Nina Simone And Piano』収録曲“I Think It's Going To Rain Today”
 

――昨年リリースされた『Colours Of The Night』は、あなたがバック・バンドを従えた初の作品ということで驚かされました。このアルバムでは、なぜバンド・ミュージックを作ろうと考えたのですか?

「あのアルバムは、スイスのルツェルンというこじんまりとした美しい街でレコーディングされたんだ。何度かツアーで訪れたことがあって、素敵な友人とも知り合えてね。そしてあるとき、彼らが長期的なプロジェクトに誘ってくれたんだよ。〈ねえ、この街に数週間くらい滞在してみない? 君のためにスタジオとバンドを用意するから、ここでアルバムをレコーディングしてみたらどうかな〉って。僕はその寛大なオファーを受け入れた。そうやってこのアルバムは生まれたんだ。レコーディングに参加したミュージシャンは、ルツェルンに着くまで誰とも会ったことがなかったんだよ」

2015年作『Colours Of The Night』収録曲“Colours Of The Night”のセッション・ライヴ映像
 

――今年発表された『Partners』は、ジョン・ケージのチャンス・オペレーションからインスピレーションを受けているそうですね。このタイミングで、ケージによる〈偶然性の音楽〉に興味を抱いたのはどうしてですか?

「『ジョン・ケージ伝 新たな挑戦の軌跡』(原題『Begin Again』)という伝記にインスパイアされたんだ。その本を読んで、彼は自分の技能にとても没頭していたように思えた。ケージは昼も夜も働き詰めだったにもかかわらず、自分のエゴがまったく存在しない音楽を作り上げていてね。その考え方が気に入ったんだ。ほとんどのミュージシャンは自分たちがいいと思う音楽や、リスナーに望ましい影響を与えるような音楽を作りがちだけど、ケージはそんなことを気にするよりも、未知の探求により興味を持っていたように思えたんだ。そこで僕は、『Partners』の収録曲のいくつかを作曲するのにサイコロの力を借りることにした。あと、レコーディング・エンジニアのタッカー・マーティンを招いて、いろんなエフェクトでライヴ演奏したものを彼にマニピュレートしてもらって、僕自身がその録音を一切聴かないようにすることで、偶然の要素を採り入れたんだ」

2016年作『Partners』収録曲“Carried“
 

――あなたはコラボレーションにも積極的ですよね。これまでにシャロン・ヴァン・エッテンアルバム・リーフ、ニルス・フラームなどと多くの共演を重ねてきましたが、そういった経験からどのようなフィードバックが得られましたか?

「新しいコラボから、いつも違う何かを受け取っているよ。それらは時折、直接的なインスピレーションに繋がることもある。例えばニルス・フラームが弾くピアノを聴いて、僕が自分でピアノを演奏するときももっと表現豊かにするべきだと感じたように。また、ニルスとの経験は、これまで自分にとって未知の世界だったジャズへの扉を開けてくれた。それに、他人とコラボすることで自分がしたくないことを学ぶこともある。とにかく、どのコラボも毎回違うし、あらゆる共演が僕を成長させてくれたよ」

――2011年に一緒に来日ツアーを回ったニルス・フラームは、あなたにとって盟友とも言える間柄ですよね。『http://www.itstartshear.com』ではプロデューサーとして彼を迎えていましたが、一人のアーティストとして、彼のどういった部分に魅力を感じていますか。

「ニルスは素晴らしい才能を持ったピアニストであること以上に、スタジオで本当の才能を発揮するんだ。彼のホーム・スタジオで録音やミックスするのを見て多くを学んだよ。彼は確固たるヴィジョンの持ち主だね」

ピーターとアルバム・リーフの2014年のコラボ曲“Never Held A Baby”
ピーターとニルス・フラームによるプロジェクト、オリーヴレイの2011年作『Wonders』収録曲“Luzern”
 

――あなたがこれまで多くの作品を発表してきた、イレースド・テープス(Erased Tapes)について魅力的に感じている部分を教えてください。また、あなたはリリースする作品の内容によってレーベルを変えているように感じるのですが、いかがでしょうか。

「イレースド・テープスの創設者であるロバート・ラスは、広い心を持った素晴らしい男だよ。僕も含めて多くのアーティストがビジネスの世界に携わるスキルやモチヴェーションを欠いている。ロバートはそこにとても強いんだ。彼独自のヴィジョンや革新的なスタイルには敬服するよ。僕は過去に多くのレーベルと仕事をしてきた。いいオファーがあったらなかなかノーとは言えないし、いろんなレーベルがコンタクトしてきたからね。たぶん将来的には、こんなにたくさんのレーベルとは一緒に仕事をしないと思う」

――イレースド・テープスのレーベルメイトであるニルス・フラームやオーラヴル・アルナルズをはじめ、最近はクラシック~現代音楽の影響を受けた音楽家たちが斬新なサウンドを作り出そうとしている印象です。そういった状況をどう考えていますか?

「僕にとって、そのムーヴメントはニルスやオーラヴルよりずっと前に始まっていたんだ。シルヴァン・シャヴォーマックス・リヒターヨハン・ヨハンソンレイチェル・グライムスと共にね。あるいは、エリック・サティフィリップ・グラステリー・ライリースティーヴ・ライヒの時代に始まったと主張する人もいるんじゃないかな。僕は10代のときにそういった作曲家たちの音楽を聴いて、確実にインスパイアされてきたよ」

マックス・リヒターの2004年作『The Blue Notebooks』収録曲“On The Nature Of Daylight”
シルヴァン・シャヴォー&アンサンブル・ノクターンの2005年作『Down To The Bone』収録曲“Freelove”

 

ピアノと声だけでありのままの演奏をすることに、とても興奮している 

――最後に、9月の来日ツアーについて何点か質問させてください。まず、ライヴの聴きどころはどういったところになりそうでしょうか?

「今回はピアノと声だけで演奏しようと考えているんだ。余分なものを取り除いてね。(サポート・アクトを務める)ブリジッド・メイ・パワーがギターを持っていくから、もし誰かがギターの曲を聴きたいのであれば、それも可能だけどね。でも、個人的にはピアノだけでありのままの演奏をすることにとても興奮しているよ。もともとギターで書いた古い曲を、ピアノ用にアレンジし直して演奏するのが特にワクワクするね。今回はライヴで演奏したことがない、初期にリリースした古いピアノ・ナンバーも演奏するつもり。あとは『Partners』からの新曲に、カヴァー曲もいくつか。これまでのキャリア全体から演奏するつもりさ」

2010年のスタジオ・ライヴ映像
 

――今回のツアーでは、あなたがプロデュースしたデビュー・アルバム『Brigid Mae Power』を発表したばかりのアイルランド人女性シンガー・ソングライター、ブリジッド・メイ・パワーがサポート・アクトを務めるそうですね。彼女はどういったところに魅かれたのでしょう?

「ブリジッドの作品には、生の表現がありのまま流れている。彼女の音楽もそうだし、ヴィジュアル・アートにもね。彼女は何かを作り上げるとき、そのオリジナルな個性が強制されることなく浮かび上がってくる。そういう意味において、彼女は真のアーティストだよ。彼女の表現はとても正直に感じられる。素晴らしいアーティストであることに加えて、彼女は驚くほど親切で愛らしい人なんだ」

※作品のジャケットをみずから手掛けており、公式サイトにポートフォリオが公開されている

ピーターとブリジッド・メイ・パワーの共演ライヴ映像
ブリジッド・メイ・パワーの2016年作『Brigid Mae Power』
 

――来日するのは2011年のツアー以来2度目ですよね。5年前に日本を訪れたときに、何か印象深い経験はありましたか?

「初めて日本を訪れたとき、カルチャー・ショックという言葉を本当に理解できたと感じたものだよ。僕が人生のほとんどを過ごしたアメリカや西ヨーロッパとはまったく違った世界だからさ。伝統文化への尊敬がいまでも残っているところもリスペクトしているし、日本人は驚くほど人当りが良くて、とても親切だね。これまでツアーであんなにたくさんのプレゼントをもらったことはなかったよ。あと、これまでの人生でもっとも素晴らしい食体験をしたね。時間があれば、東京のとあるジャズ・バーにまた行ってみたい。山の中にある温泉にもまた行きたいね」

――最後に、ここ最近で一番印象的だったアルバムを教えてください。

「最近もっとも興奮したアルバムは、マイケル・ハーレイの『Bad Mr. Mike』。彼はオレゴンに住む75歳くらいのミュージシャンで、ちょうどこの間新作をリリースしたんだ。ロウなフォーク・ミュージックで、本当にスペシャルだね!」

 

Peter Broderick Japan Tour 2016 “Partners”

2016年9月23日(金)福岡 papparayray
2016年9月24日(土)京都 元・立誠小学校
2016年9月25日(日)名古屋 valentinedrive
2016年9月26日(月)岡山 蔭凉寺
2016年9月28日(水)東京 ルーテル市ヶ谷ホール
2016年9月29日(木)東京 Fluss
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