飯森範親
©山岸伸

實川風と飯森範親が語り合う没後100年のドビュッシー

 クロード・ドビュッシー(1862~1918)はモーリス・ラヴェル(1875~1937)と並び、日本で最も知名度の高いフランスの作曲家である。だが“ボレロ”“ラ・ヴァルス”など華やかなオーケストラ曲で人気のあるラヴェルに対し、“牧神の午後への前奏曲”“交響詩《海》”をはじめとするドビュッシーの作品は〈音楽における印象派〉の先入観も手伝って、知名度の割に〈とっつきにくい〉という定評が確立?しているようだ。

 大学の音楽鑑賞サークルで〈フランス近代音楽グループ〉に属していたころの私も、ラヴェルの方に親近感を持ち、〈曖昧でモコモコした感じ〉のドビュッシーが苦手だった。それがある時期、逆転したのはドビュッシーの演奏解釈と評論で日本の第一人者と目される青柳いづみこの一言、「ドビュッシーって、よく聴くと、ラヴェルより遥かに人間臭いのよ」がきっかけだった。確かに、ドビュッシーの起伏に富んだ私生活や人間関係、世界に向けて開かれた眼差しを反映した音楽は、聴き込めば聴き込むほど、ヒューマンな息遣いに彩られている。極論すると、ドビュッシーは聴き手が年輪を重ねるほどに近づいてくるが、ラヴェルは逆に、だんだん手の届かない世界へと飛んでいく感じだ。

實川風
©ミューズエンターテインメント

 ドビュッシーが大きく影響を受けた江戸末期の画家、葛飾北斎の傑作「神奈川沖浪裏」の大胆な構図はダ・ヴィンチらルネサンス時代の画家のように、「実は分廻し(コンパス)を駆使し、綿密に描き出されたものだ」とする美術評論家・中村英樹氏の学説が最近、改めて注目されている。厳格なコンポジションの果てに人間的感動、鮮烈な光景が、あたかも自然現象のように広がる北斎の〈職人芸〉に対し、ドビュッシーは本能的に、深く共感したのではないか? 計算し尽くされた人間性の発露。その図式を優れた演奏家とともに読み解く機会がドビュッシー没後100年に当たる2018年の2月23日、東京・銀座のヤマハホールで訪れる。

 ナビゲーターの指揮者、飯森範親はミュンヘンに留学し、ヴュルテンベルクの楽団にポストを持っていたのでドイツ音楽のイメージが強いが、桐朋学園在学中から近現代の作品に鋭い切れ味を発揮することで定評があった。現在は山形交響楽団音楽監督として、クラシック音楽をわかりやすく伝える語り部を自認しており、知識の引き出しも多い。“月の光”“亜麻色の髪の乙女”“アラベスク”“花火”などピアノの名曲を奏でるのは若手の實川風(じつかわ・かおる)。優れた技はもちろん、作品に潜む大きな歌のラインや肉声を引き出す手腕には注目すべきものがあり、企画の趣旨にぴったりの人選だ。

 


LIVE INFORMATION
Elegant Time Concert ~上質な時間を貴方に~ 
飯森範親と辿るドビュッシーの芸術 -實川 風(ピアノ)を迎えて-

2017年2月23日(金)東京・銀座 ヤマハホール
開場/開演:12:30/13:00

■出演
ナビゲーター:飯森範親(指揮者)
演奏:實川 風(ピアノ)
https://www.yamahaginza.com/