田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、この一週間に海外のシーンで発表された楽曲のなかから必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。今週はこの話題からスタートするしかないですね。昨日、グラミー賞授賞式が開催されました! 天野くんはチャイルディッシュ・ガンビーノが〈最優秀レコード賞〉を獲ると見事に予想を当てましたね」

天野龍太郎「ケイシー・マスグレイヴスの〈最優秀アルバム賞〉は意外でしたけどねー。カーディ・Bが〈最優秀ラップ・アルバム賞〉を受賞したのは快挙です。あと、途中で切られちゃったドレイクのスピーチが感動的でした。パフォーマンスはトラヴィス・スコットが印象的だったかな。カーディは見た目が最高だったけど、口パクだったからな~」

田中「僕はブランディ・カーライルにグッときました。派手な演出や仕掛けのない演奏ゆえに、歌と曲の持つパワーがストレートに入ってくる感じで」

天野「司会の交代とか、アリアナ・グランデがパフォーマンスを辞退したとか、ちょっと悲しい話題もありましたね。マック・ミラーが受賞しなかったことに対してアリアナが〈うそやん(literal bullshit)〉とツイートして消したっていうのもありました(笑)」

田中「カーディがそのあとInstagramで〈マック・ミラーとこの賞をシェアする!〉と言っていたのにはグッときましたよ。なんだかんだで楽しんだグラミーでした。それでは〈Song Of The Week〉から!」

 

Jamila Woods “ZORA”
Song Of The Week

田中「今週の〈SOTW〉はジャミーラ・ウッズの“ZORA”! 彼女は確かチャンス・ザ・ラッパー周辺のシンガー・ソングライター/詩人ですよね?」

天野「ですね。ジャミーラは、チャンスを筆頭にシカゴ人脈が集結した超名曲、ドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントの“Sunday Candy”(2015年)にシンガーとして参加して注目されました。2016年に自主でフリーのミックステープ『HEAVN』を発表するんですが、翌年にジャグジャグウォーからリイシューされたんですよね」

田中「ジャグジャグウォーといえば、ボン・イヴェールやオッカーヴィル・リヴァーで知られるUSインディーの名門ですよね。彼女みたいなR&Bシンガーの作品を取り上げたことは意外だったんじゃないですか?」

天野「そうなんです。ジャグジャグウォーの主宰、ダリウス・ヴァン・アルマンはジャミーラをリリースしたことについて〈ただ人に聴かれるべき音楽だと思ったから〉と言ってますけど、アメリカのインディー・シーンの地殻変動を象徴する出来事だったようにも思います」

田中「なるほどー。で、この“ZORA”なんですけど、ミュージック・ビデオを観ると、いきなり泣きのギターから始まりますね。もっとクールでネオ・ソウルっぽいイメージが強かっただけにビックリしたんですが」

天野「パワフルですよね。MVはバンドでのパフォーマンスを収めたものなので、ノスタルジックなビートが中心のスタジオ版とはだいぶ違います。『HEAVN』や去年の“Giovanni”とも地続きなサウンドですけど、線の細さもあった歌に風格が備わっていることが聴き取れる曲ですね。ちなみに、曲名は20世期前半に活動したアフリカ系作家のゾラ・ニール・ハートソンのことで、歌詞も彼女のことを讃えてるんです」

田中「へー。だからMVも図書館で演奏している映像なんですね。ハートソンはヴードゥー教からアメリカ南部の人種差別まで、幅広い知見で黒人カルチャーについて綴った作家とのこと。なおジャミーラが5月10日(金)にリリースする新作『LEGACY! LEGACY!』は、1曲ごとに黒人(有色人種)の偉人へとトリビュートを捧げた作品のようです」

天野「トラックリストには“Miles”(マイルス・デイヴィス)、“Sun Ra”(サン・ラ)、“Frida”(フリーダ・カーロ)といった曲名が並んでますね。アフリカ系、ラテン系の音楽や文化をフレッシュな形で伝えようとする彼女の知性やアティテュードにはリスペクトしかありません……!」

 

Diplo feat. Octavian “New Shapes”

田中「2曲目はディプロがオクタヴィアンを迎えた“New Shapes”。2月22日(金)にリリースされるディプロのEP『Europa』からのリード曲です」

天野「その新しいEPは〈ディプロからヨーロッパへの奇妙なラヴレター〉だそうで。世界を回ってビートを探究してきた彼がいまのヨーロッパをどう見てるのかは、なかなか興味深いですね」

田中「ええ。この“New Shapes”は『Europa』のなかでは〈メロウでヴァイビー〉な楽曲とのことで。〈ヴァイビー(vibey)〉ってどう訳せばいいんですかね?」

天野「〈気持ちいい〉とか……? それはともかく、今回フィーチャーされたオクタヴィアンはフランス系イギリス人のラッパーです。以前から注目されてましたけど、昨年のミックステープ『Spaceman』でさらに広く知られるようになりました。英ガーディアン紙も〈過去10年に英国の音楽シーンで生まれた周辺ジャンルの壮大なメドレー〉と絶賛してて、ロンドンの期待の星ですね」

田中ライターの近藤真弥さんと照沼健太さんに南ロンドンのシーンを紹介してもらった記事でも、オクタヴィアンの名前が出てきていましたね。この“New Shapes”は、彼のメロディアスなラップとアンビエントなサウンドとの相性が良いです。ユラユラと踊れて、まさに〈気持ちいい〉感じ」

天野「そんなチルい曲でもレゲエのエア・ホーンっぽい音を入れてるのがディプロらしいですね。活躍しまくってるディプロの最近の曲のなかでも最良の一曲では?と感じる“New Shapes”でした」

 

Migos “Position To Win”

天野「続いては僕らのミーゴスの新曲です。タイトルは“Position To Win”と大きく出ました」

田中「直訳すれば〈勝つべき立場にいる〉ってところでしょうか。自信満々ですね」

天野「今回はサウンドがおもしろい曲です。歪んだワブルな電子音が暴れ回ってて、キックが盛り上げていく構成はEDMのそれですよね」

田中「アゲの一曲ですね。プロデューサーに名を連ねているのは、メンバーのクエイヴォとトミー・プロフィット(Tommee Profitt)、そしてDJデュレルです」

天野「デュレルは以前からミーゴスの曲を作ってる人ですね。彼らの拠点であるレーベル、クォリティー・コントロールに籍を置いています。トミー・プロフィットはクリスチャン・ヒップホップのNFの曲をプロデュースしている人。で、僕はクエイヴォが鍵を握っていると思ってます。というのも、前作の『Culture II』から彼がプロデュースに参加してて、サウンドが変になっていってるからです(笑)」

田中「この曲、かなり賛否両論みたいですね。〈HotNewHipHop〉のユーザー投票では〈もうやめろ(make it stop)〉が圧倒的多数を占めてて、コメント欄も荒れてます……。僕はこれくらいぶっ飛んでるほうが派手で好きだなー」

天野「これはこれでおもしろいんですけどね。ミーゴスからは今年、新作『Culture III』が届けられる予定。そして来週2月22日(金)には、オフセットのソロ・アルバムがリリースされます!」

 

Charly Bliss “Capacity”

天野「続いては、チャーリー・ブリスの新曲“Capacity”。彼女たちについては昨年9月21日の〈PSN〉で“Heaven”という曲を紹介しましたね」

田中「“Heaven”も2017年のアルバム『Guppy』からの前進を感じさせる楽曲でしたが、この“Capacity”、さらにビックリしませんでした?」

天野「しました!  “Heaven”のグランジ・リヴァイヴァルな音は彼女たちの持ち味の延長線上って感じでしたけど、この“Capacity”は80年代シンセ・ポップや、いわゆる産業ロックを思い出すようなサウンド。まさかここまでポップに振り切ってくるとは思いませんでしたが……最高ですね!」

田中「です! ファニーなシンセと打ち込みっぽく加工されたドラムが明らかに新機軸。終盤、ブリッジでのギター・プレイもU2のジ・エッジを思わせるディレイ・サウンドだし、なによりメロディーのアンセム感が凄いですよ」

天野「ブリッジの歌詞がまた良いんですよね。〈I was raised an East Coast witch/Like doing nothing’s sacrilegious/Triple overtime ambitious/Sentimental, anxious kid(私は東海岸で育った魔女/何もしないことは罰当たりに思えて/3倍残業するくらい野心的/センチメンタルで不安な子供)〉っていう」

田中「〈Pitchfork〉や〈Rolling Stone〉では、燃え尽きた世代=ミレニアル世代への解毒剤的な楽曲として捉えているようですね。確かにみんな、もっと怠惰でもいいのになーと普段から思います」

天野「亮太さんは単に働きたくないだけでしょ? いや、僕もですけど……。彼女たちが5月10日(金)にリリースするニュー・アルバムのタイトルは『Young Enough』だとか。チャーリー・ブリス流にいまの若者を定義した作品になってるのかな。楽しみです!」

 

Foxygen “Livin' A Lie”

天野「最後はフォクシジェンの2年ぶりの新曲“Livin' A Lie”。4月26日(金)にリリースされるニュー・アルバム『Seeing Other People』からの一曲です」

田中「前作『Hang』(2017年)については岡村詩野さんと大和田俊之さんが語った記事がありますね。大和田さんによれば、ビリー・ジョエルやエルトン・ジョンへの憧れをストレートに表現してて、映画の『ラ・ラ・ランド』みたいな〈いいとこどり〉なんだと」

天野「そういえば『ラ・ラ・ランド』、先週の『金曜ロードSHOW!』でやってましたね。それはさておき、フォクシジェンのジョナサン・ラドーとサム・フランスはメロディーメイカーとして優れてると僕は思ってて、彼らの書くノスタルジックな旋律がツボなんですよね。とはいえ一筋縄ではいかないところも魅力で、前作もフランク・ザッパみたいな変なアレンジが目立ってました。あとは、めちゃくちゃ変わり者なキャラクターもおもしろい」

田中「〈Monchicon!〉の清水祐也さんも〈“最新のラスト・アルバム”だとか“音楽業界についての暴露本を書いている”とか相変わらず適当なこと言ってますが、この人たちをどこまで信じていいのでしょうか?〉と書いてましたね(笑)」

天野「変なことばっかり言ってるんですよね。今回の“Livin' A Lie”は、わざとらしいくらいに悲壮感あふれるメロディーとストリングス・アレンジで、アコースティック・ギターの響きも強調されてます。でも、70年代風のアレンジは以前よりベタな感じ。なんでも新作は〈Sad-Boy Plastic-Soul Adult-Contemporary Cartoon-Noir Music〉だとか。なんのこっちゃですが……」

田中「しかも〈しばらくはショーもツアーもしない〉と宣言してますね。かつてのビートルズやXTCのようにライヴ活動を引退しちゃうんでしょうか? だとしたら、ものすごく残念です」

天野「〈しばらく〉なので、きっと戻ってきてくれるはず。まずは新作に期待しましょう!」