ヴァイブラフォンの世界を広げる俊英現る
11月にブルーノート東京で初の来日公演を行ったジョエル・ロスは、伝統あるブルーノート・レーベルからデビュー作『キングメーカー』を発表したばかりの、23歳のヴァイブラフォン奏者だ。11日にはブルーノート・プレイズ・ブルーノートと銘打った特別セッションで、黒田卓也(トランペット)率いる日本人のアンサンブルに加わり、ボビー・ハッチャーソンの“リトル・ビーズ・ポエム”のイントロでは、巧みな空間表現やハーモニー感覚による独自の世界観を披露した。続く12日と13日に自ら率いるグッド・ヴァイブスで行った公演は、初日の記憶が消し飛ぶほど圧倒的だった。
リーターが曲のテーマを弾いた後、他のメンバーがソロを取る間ステージを降りることは珍しくないが、ロスはふと何かを思いついたようにステージへ戻り、いくつか音を鳴らしただけであらぬ方を眺めていたかと思うと、突然何かが降ってきたかのようにソロを取り始めるというふうに、予測できない行動を取る。しかし、息の合ったメンバーがそれに反応し、演奏は凄まじいクライマックスに至った後、その熱気を優しく冷ます美しいピアニッシモで終わるという具合に、音楽の展開はきわめて自然でありながら劇的だ。「僕は個々のソロよりも、みんなで表現をやり取りしながら演奏を進めるほうが好きなんだ。その瞬間に湧き上がるエネルギーを維持できるからね。インプロヴィゼイションはジャズでは織り込み済みの要素だけれど、僕はむしろ作曲の方に魅力を感じる。『キングメーカー』の曲のほとんどが僕のオリジナルで、自分ではソロをあまり取らず、表現のやり取りに集中しているのも、楽曲を前面に出したかったからなんだ」。
3歳で双子の兄と一緒にドラムスを始めたロスは、父親が聖歌隊の音楽監督を務めていた教会で演奏するようになったが、10歳で小学校のスクール・バンドに入って割り振られた楽器は、ザイロフォンだった。その後、全国の生徒を集めたオール・シティ・コンサート・アンド・ジャズ・バンドのオーディションに受かると、今度はヴァイブラフォンをやるのはどうかと勧められたのである。最初は乗り気でなかったものの、練習を重ねるうちにこの楽器の可能性を見出すようになった。非営利のジャズ教育機関として知られるセロニアス・モンク・インスティテュート(現在はハービー・ハンコック~に改称)の提携校だったシカゴ・ハイスクール・フォー・アーツに第1期生として入学したロスは、志を同じくする同世代の仲間たちと知り合うことになる。
ヴァイブラフォンを始めてしばらくの間、ロスはこの楽器をほとんど我流で演奏しており、奏法上の問題も抱えていた。しかし、あるフェスティヴァルで出会ったステフォン・ハリスに2年間師事することで、テクニックを見直し、ハーモニーなどの音楽理論もさらに深く学んだ。3本マレットによる独特なコード奏法も、ハリスの理論に基づいている。作曲面では、一回りほど年上のレーベル・メイト、アンブローズ・アキンムシーレに大きな影響を受けており、曲作りはもちろん、『キングメーカー』を構成するにあたっては、アキンムシーレのレーベル・デビュー作『ホエン・ザ・ハート・エマージズ・グリスニング』が手本になっている。また、作曲に関しては、生前に会う機会のあったボビー・ハッチャーソンから、生活に密着した曲を毎日書くように勧められ、それを実践しているという。
ステージでは、ステフォン譲りの見事なコード・ワークやエキサイティングなソロを披露するロスだが、ヴァイブラフォンの練習はあまりやらないという。「家でもむしろ、ドラムスを練習するほうが楽しいんだ(笑)。スティック・ワークの確認なんかは、家にあるマリンバでできるけれど、ドラムスもテクニック的にはヴァイブラフォンに似ているからね。作曲やハーモニーの確認はピアノでやっている。僕にとってヴァイブラフォンは、ドラムスとピアノの性格を併せ持った楽器なんだ」
ジョエル・ロス (Joel Ross)
シカゴ生まれ。3歳でドラムを始め、14歳ごろからヴィブラフォンを演奏。ハービー・ハンコックやルイス・ヘイズら大御所からも高く評価されている。マカヤ・マクレイヴン『ユニバーサル・ビーイングス』、マーキス・ヒル『モダン・フローズ』など数々の話題作に参加。世界的な注目を集める若手ヴィブラフォン奏者。
お詫びと訂正
10/10発行号、P.68でご紹介させていただきました、11月6日発売ジョエル・ロス『キングメーカー』のレビュー内にて、下記の通り誤りがございましたので、訂正させていただくとともに深くお詫び申し上げます。
誤)女性で新人、ジャケットから判断するに二児の母、のようだ
正)男性で新人 (ジャケット写真はジョエルの母と双子の兄ジョシュアとジョエル)
アーティスト及び関係者の皆様、読者の皆様に大変ご迷惑をおかけ致しました。ここに深くお詫びし、訂正させていただきます。