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バンドとしてのアルバム

 86年のプリンスといえば、初監督を務めた主演映画「アンダー・ザ・チェリー・ムーン」が7月に公開され、それに先駆けた3月にはそのサントラ的な機能も果たしたレヴォリューションとのアルバム『Parade』がリリースされている。映画の評判とは裏腹にアルバムからの“Kiss”はプリンスにとって3曲目の全米1位を記録、バングルスに提供した“Manic Monday”もヒット。私生活では前年末より婚約者のスザンナ・メルヴォワンと新居も構えている。それと並行して3月にスタートした〈Parade Tour〉からはレヴォリューションがメンバーを増員し、エリック・リーズ(サックス)とアトランタ・ブリス(トランペット)、ミコ・ウィーヴァー(ギター)、さらに3名のダンサーを加えて11人の大所帯に拡張。この増員が元からバンドにいたウェンディ・メルヴォワン(ギター)やリサ・コールマン(キーボード)との不協和音に繋がった側面もあるようだが、さように環境や状況が変化していくなかで、多忙な日々の隙間を縫うように膨大な録音が残され、アルバムのアイデアが浮かんでは消えていったのだ。

 それでは中身を見ながら流れをザックリ追ってみよう。〈Vault〉収録曲のうち、1つだけ飛び抜けて遡った最古の音源が、79年に録音された“I Could Never Take The Place Of Your Man(1979 Version)”だ。86年に再録される『SOTT』版と比べれば、“When You Were Mine”(80年)あたりの感触に極めて近いニューウェイヴ風パワー・ポップという感じが楽しく、しかもフックで〈君の彼氏の替わりにはなれない〉と歌った後に、〈But I Try〉という『SOTT』版にはない歌詞がある。軟弱な失恋ソングの多かった初期の彼らしい仕上がりが実に微笑ましい。

 他に曲として古いのは、『1999: Super Deluxe Edition』で蔵出しされた82年の曲“Teacher, Teacher”や、リハーサル音源が『Piano & A Microphone 1983』で世に出た“Strange Relationship”もあるが、今回の〈Vault〉ではいずれもウェンディ&リサを交えた初出ヴァージョンが聴ける。

 そのウェンディ&リサの存在が当初重要だったのは聴き進めていけば明らかで、85年録音の“All My Dreams”に端を発する3人でのセッションは、『Parade』に続くプリンス&ザ・レヴォリューション名義のアルバム『Dream Factory』をめざして積み重ねられていった。リサが作曲/演奏したインスト“Visions”(後にウェンディ&リサの“Minneapolis #1”として世に出た)やウェンディのソロ録音となるインスト“Colors”、リサがリード歌唱の“A Place In Heaven”などかつてないバランスの曲も多く、彼女たちの書いた曲にプリンスが詞を付けたとされる“Power Fantastic”(のライヴ録音)や“In A Large Room With No Light”といったレヴォリューション総出の素晴らしい録音もあり、『Dream Factory』は『Parade』以上にバンドとしてのアルバムになるはずだったのだ、と思う。