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【IN THE SHADOW OF SOUL】第129回 永遠のステイプル・シンガーズ(The Staple Singers)

連載:ソウル・ミュージックの光と影

50年代に始動した革新的かつ伝説的なゴスペル/ソウル・グループにして、いまも活躍するメイヴィス・ステイプルズの大いなるルーツ……愛と尊敬を訴えたメッセージとソウルフルな昂揚感はいまこそ体感するべきものだ!

 ラン・ザ・ジュエルズの最新作『RTJ4』に収録された“Pulling The Pin”にて重く呻くような声を発していたメイヴィス・ステイプルズ。ブラック・ライヴズ・マター運動に触発され、民主主義を謳った同作に今年81歳になるメイヴィスが担ぎ出されたのは、彼女がゴスペルの高潔なメッセージと公民権運動をはじめとする社会的/時事的なトピックを織り込んで歌にしてきたステイプル・シンガーズのリード・ヴォーカリストだったからだろう。ソロとしてもヴォルト(スタックス)、カートム、ペイズリー・パークなどから作品を出してきたが、ここ10年近くはアンタイからプロテスト的なアルバムをリリース。ディープなコントラルト・ヴォイスで歌われるメッセージには説得力があり、重く深く心に響いてくる。

 キング牧師が主導した65年3月の〈セルマの行進〉を受けて“Freedom Highway”などのプロテスト・ソングを放ち、黒人コミュニティーに対して意識向上を促しながらクロスオーヴァーな音楽性で人気を集めたステイプル・シンガーズ。全国ヒットが出るのはスタックスに入社して数年後の71年からだが、50~60年代にも地元シカゴのヴィー・ジェイをはじめ、リヴァーサイド、エピックなどの諸レーベルで前向きなメッセージを歌にしてきた彼らは、ボブ・ディラン“Blowin' In The Wind”やピート・シーガー“We Shall Overcome”などのカヴァーも含めた一連の〈フォーク・ゴスペル〉な作品で、白人フォーク界からも崇拝されるほど大きな影響を及ぼしていた。

 音楽面での鍵を握ったのは、メイヴィスの父でギタリストのローバック“ポップス”ステイプルズ。生まれ故郷ミシシッピの農園でギターを始め、結婚後に移住したシカゴで精肉工場に勤めていた彼は、仲間と組んでいたバンドが遅刻者ばかりでうんざりし、49年に家族でグループを結成している。メンバーはポップスのほか、長男パーヴィス、長女クレオサ、三女メイヴィスの4人(次女イヴォンヌも不定期で参加)。地元の教会で歌いはじめるが、当時男性クァルテットが主流だったゴスペル界では、ギター弾きの男性と低い声の女性ヴォーカリストをフロントに据えたフォーク風のゴスペル・グループは異色だったという。デルタ・ブルースやロカビリーのギター奏法に影響を受けたポップスが、黒人霊歌や賛美歌を親しみやすい曲にアレンジして、ヒルビリーに通じるハーモニーを乗せた音楽スタイルは当時かなり斬新に映ったようだ。

 メインで歌うのは主にポップスとメイヴィス。気持ちを込める曲はディープな声のメイヴィス、力唱しなくてもよい曲は素朴な歌い口のポップスがリードを取ったという。スタックス時代の彼らを手掛けたホーマー・バンクスによれば〈ポップスの後ろでメイヴィスが軽くアドリブを入れるのがステイプルズの基本〉だそうだが、53年に自主レーベルのロイヤルから初シングルを出した頃には、10代半ばだったメイヴィスが豊かで艶のある歌声ですでに存在感を際立たせている。

 そんなメイヴィスを父はアレサ・フランクリン的な存在にしようとしていた。後に世俗音楽界でも活躍するメイヴィスはゴスペルに止まらないポップな感覚も持ち合わせ、実際にメイヴィスとアレサの出自や歩みには共通点が多い。コロムビアでジャズ~ポピュラー路線の曲を歌っていたアレサがアトランティックでソウルを歌いはじめると、ステイプル・シンガーズもスタックス入りしてフォーク・ゴスペルからソウルにシフト。メイヴィスとアレサ、同様に情感溢れる歌声のグラディス・ナイト(&ザ・ピップス)は揃ってカーティス・メイフィールドの制作でブラック・シネマのサントラも作った。アレサの教会実況盤『One Lord, One Faith, One Baptism』(87年)にメイヴィスが参加したのも、ふたりの魅力や実力が伯仲していたことを物語るものだろう。ちなみに、アレサの“Chain Of Fools”冒頭のギターや、グラディス・ナイト&ザ・ピップス“Friendship Train”でのコーラスはステイプル・シンガーズを意識したものだと言われている。

 68年からのスタックス時代が商業的にもっとも成功したのは、69年にグループを退いてプロダクションの運営に専念しはじめたパーヴィス(代わりに次女イヴォンヌが正式加入)、そしてスタックス副社長のアル・ベルが、世俗音楽の環境に彼らを導いたことが大きい。キング牧師暗殺後の〈貧者の行進〉をテーマに書かれた“Long Walk To D.C.”など、スタックス初期の曲ではスティーヴ・クロッパーらMG'sの面々が制作/演奏していたが、70年代に入る頃にはアル・ベル制作のもと、アレサのアトランティック初期セッションにも参加したマッスル・ショールズの腕利きたち(通称スワンパーズ)を従えてファンキーなメッセージ・ソウルを送り出していく。そこで生まれたのが“Respect Yourself”(71年)と“I'll Take You There”(72年)の2大ヒットだ。特に全米No.1ヒットとなったレゲエ/スカ的なグルーヴの“I'll Take You There”は冒頭部からハリーJ・オールスターズの“The Liquidator”にそっくりで、クセになるベース・リフを編み出したデヴィッド・フッドによればセッションで偶然生まれたというが、ジャマイカ旅行に行ったアル・ベルが“The Liquidator”を意識して書いたとも言われており、単純な作りながら当時としては流行をいち早く採り入れた革新的な曲となった。

 こうしてクロスオーヴァーな音楽性で商業的な成功を収めたことに対し、ゴスペル界からはセルアウトだとの声も上がった。が、アレサを意識するメイヴィス(ら)にとってはむしろそう評価されるほうが好都合だったのかもしれない。スタックス倒産後にカートムから出したサントラ『Let's Do It Again』(75年)の表題曲が大ヒットし、続いてワーナーに入社した彼らはステイプルズと改名までして世俗の音楽に染まっていく。

 教会叩き上げの彼らはライヴ・パフォーマンスにも定評があった。73年に映画公開されたフェス〈Wattstax〉での熱演、また78年に公開されたザ・バンドのドキュメンタリー映画「ラスト・ワルツ」で以前カヴァーしていた“The Weight”を歌うシーンは語り草となっている。すでにグループとしては活動休止状態となっていた99年にロックンロールの殿堂入りを果たしたのも、フォーク~ロック界との交流や与えた影響の大きさを考えれば当然のことだろう。父や姉妹を天国に見送り、精力的にソロ活動する近年のメイヴィスがジェフ・トゥイーディーやベン・ハーパーと組んでいるのも何ら不思議ではない。ステイプル・シンガーズのスピリットは、いまもメイヴィスの作品に受け継がれているのだ。 *林 剛

ステイプル・シンガーズの7枚組ボックス『Come Go With Me: The Stax Collection』(Concord)

 

生前のデモを元にしたポップス・ステイプルズの2015年作『Don't Lose This』(Anti-)

 

アレサ・フランクリンの87年作『One Lord, One Faith, One Baptism』(Arista)

 

左から、73年公開作のDVD「ワッツタックス/スタックス・コンサート」(ワーナー・ホームビデオ)、ザ・バンドの78年作『The Last Waltz』(Warner Bros./Rhino)

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