ハードロック/ヘヴィメタルの楽曲をピアノ・トリオ編成でカヴァーするプロジェクト、NHORHMでも話題を集めたジャズ・ピアニスト、西山瞳。彼女の新作『Calling』は、佐藤“ハチ”恭彦(ベース)、池長一美(ドラムス)とのトリオ編成による久々のスタジオ・アルバムとなった。

収録曲はすべて西山によるオリジナル曲。6歳からクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向したという彼女の歩みが自然に表現されている。しっとりとした曲調の中に西山が培ってきたものが遺憾なく発揮された“Indication”や“Calling”、佐藤と池長を従えて抑制の効いたグルーヴを展開する“Reminiscence”や“Loudvik”、親しみやすいメロディーに作曲家としての西山の才気が光る“Folds of Paints”など、NHORHMとは異なる西山の魅力が描き出されている。

コロナ禍以降もピアノ・ソロ・アルバム東かおる(ヴォーカル)との共演作を続けざまにリリースするなど、精力的な活動を展開している西山。Mikikiの好評連載〈鋼鉄のジャズ女〉も3年目を迎えた彼女の、現在の〈モード〉をさまざまな角度から探ってみたい。

西山瞳トリオ 『Calling』 MEANTONE(2021)


ジャズとメタル、ジャズとクラシック

――Mikikiの連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉は今まで3年以上続けてきたわけですが、ジャズ界隈からの反響はいかがですか?

「前回のジャズ・ミュージシャンにメタルの話を訊く回はめちゃめちゃ読んでもらってるみたいで嬉しいですね。メタルに興味はないけれど読んでくれてるという人も結構いるようなので、アーティスト名の刷り込みにはなってるかなと」

――みんなイングヴェイ(・マルムスティーン)の名前ぐらいは覚えてくれたんじゃないかと(笑)。

「そうそう。ジャズ・ミュージシャンでも同世代の人は面白がってくれている方も多いですね。ジャズは自分の仕事でもあるし、表現でもあるので、何か書こうと思うと責任が出てきちゃうんですよ。でも、Mikikiの連載は趣味のことを考えている時間という感じなので楽しいんです」

――連載の中で西山さんはジャズとメタルの共通項をひたすら探していきますよね。時には言葉を編み出しながら、ふたつのジャンルの間に橋を架けようとしています。

「そこが楽しいんですよね。メタルとジャズの両方を聴く人ってあまりいないと思うので、なるべく両方の共通項を探したいとはいつも考えています。

ただ、私の中では回を重ねるごとに共通項よりも相違点のほうが見えてきたかもしれない。マインドの違いというか。音楽に育てられるマインドなのか、そのマインドだから音楽が好きなのか分からないですけど、基本的にジャズが好きな人ってインディペンデントなところがあって。みんなで一緒に頭を振る喜びが分からないという方は多いんですよ」

――なるほど(笑)。

「ジャズではミュージシャンも個性が大事にされるし、どんどん新しい表現を見つけないといけない。インディペンデントで個性が重視されるという意味では、ジャズはメタルよりもパンクのほうが近いんじゃないかなと思っています」

――メタルはむしろある種の様式をどう踏襲し、その中でどう個性を表現していくかという世界ですよね。

「あと、プレイヤーよりもバンドの世界観が重視されますよね。ジャズはプレイヤー同士で新しい世界を作っていくという感覚があって、その点でメタルとジャズは相容れない点もあるとは思います。私はどっちも楽しんじゃってるんですけど」

――(メタル専門誌の)「ヘドバン」でもライターをやっていらっしゃるんですよね。

「そうですね。私の場合、昔から読んでいる伊藤政則さんのあの感じがベーシックになっているので、雑誌でメタルのことを書くとなったら、自然にそれが出てきちゃうんですよ。すごく詩的な表現もされるじゃないですか。あんなふうに書いてみたいと思いますけど、なかなか難しいですね」

――分かります。カッコいいんですよね、伊藤政則さんの文体って。僕も憧れてますもん。

「そうそう、カッコいいんですよ」

――西山さんとメタルの関わりというと、これまでNHORHMでアルバムを3枚出されていて、3部作の最後のアルバムが2018年10月に出ました。NHORHMの活動は一旦休止という感じ?

「そうですね。『アトロク』(TBSラジオの「アフター6ジャンクション」)に出たとき解散宣言をしたんですけど、再結成しかけたらコロナ禍に入ってしまって。またやりたいんですけど、気持ち的には一区切りという感覚ですね。この状態なので、メンバーも集められないし。

あと、NHORHMはおそろしく配信に向いていないバンドなんですよ。カヴァーだと権利関係が大変で、なかなか配信ライブができなくて」

NHORHMによる“Fear Of The Dark”(アイアン・メイデン)のライブ映像
 

――コロナ禍以降はリフレッシュのためクラシックの練習をしていたそうですね。

「そうなんですよ。ライブはどんどんキャンセルになるし、その状態にちょっと疲れちゃって。

ジャズの練習ってすごく考えながらやらないといけないし、結構疲れるんですよね。私の中でジャズの演奏は創作と結びついているし、自分が弾きたいことを新しく見つけて、それを自分の言葉にするまでに根気と時間と集中力がいる。もちろんそれが当たり前なんですけど、クラシックの練習は譜面を真面目に追うことで学びを得ていくので、ジャズとは頭の使い方が違うんですよね」

――NHORHMでの活動が一段落したことで、クラシックに回帰したという感覚もあったんですか。

「いや、それはないかな。私にとってクラシックを弾くことは基礎練習なんですよ。仕事が忙しいとなかなかできないし、コロナ前だったらどうしても次のライブに向けた練習ばかりしちゃうんですよね。ジャズの練習は普段からしてましたけど、クラシックの長い曲は時間かけないとなかなかできないんですよ。

あと、クラシックを演奏していると自分の精神が安定するんです。黄金比に基づいていて完成されたクラシックの曲を弾くと、自分自身が浄化されるような感覚があって」

――西山さんは6歳からクラシックを学んでいて、ジャズは18歳からやってきたわけですが、クラシックとジャズの関係性についてはどのように意識されているんですか。

「特に意識してるわけじゃないんですけどね。ジャズをやり始めた後、先輩からは〈大きな音を出せ〉とか〈ガツガツ弾け〉って言われてきたんですけど、そうした中でクラシックの延長でジャズをやっているエンリコ・ピエラヌンツィというピアニストの音楽と出会ったことが大きくて。自分のバックボーンにあるものをジャズの考え方で即興演奏するエンリコ・ピエラヌンツィのスタイルが私にとってすごくナチュラルに聴こえたんですよ。そもそもラヴェルの作品の中にもジャズっぽいものはありますし」

――ブラッド・メルドーみたいにクラシックを演奏するジャズのプレイヤーもいるわけで、両方を横断するプレイヤーがいるということですね。

「そうそう。あと、ここ数年でジャズを取り巻く日本の状況が変わってきたこともありますよね。昔はモダン・ジャズ信仰が強かったけど、2000年代以降、ジャズとしてみんなが意識するものがだいぶ広がりましたよね。若いジャズ・ミュージシャンが好きなことをしてるというか、必ずしもチャーリー・パーカーからジャズに入らない人も増えている」

――NHORHMではメタルの領域にも踏み込んだわけですが、西山さんの中ではそういうジャズの広がりとも連動する感覚もあるんですか。

「そうですね。不自然なことではないと思いますし、メタルとジャズを融合させようという意識があったわけでもないんですよ。両方聴いてる人がいなかったっていうだけの話だとも思いますが」

 

NHORHMから前作『Vibrant』へ

――2020年6月には全曲オリジナル曲で構成されたピアノ・ソロ・アルバム『Vibrant』をリリースされますが、こちらの作品は2019年から計画されていたそうですね。

「そうなんです。リリースの話をしていたレコード会社が忙しくなってしまって、後回しになっちゃったんですよね。もう勘弁してと思って(笑)、自分で出すことにしました。話が進展するのを待っているだけというのはすごくしんどくて」

――『Vibrant』は全曲オリジナルなわけですけど、全曲カヴァーのNHORHMの反動もあったんですか。

「かなりありました。NHORHMのことをやっているときはアレンジに注力していたので、曲を作る方向に頭が向かなかったんですよ。構成や構造のことばかりを考えていたので、久々に作曲したいという気持ちもありました」

――オリジナルを作りたかったけど、作る時間がなかった?

「いや、作りたいとすら思っていなかったかも。頭がそちらに向かっていなかったというか。〈この曲をどう料理してやろうか〉ということしか考えていなかったので」

――NHORHMでさまざまな料理法を考案したことが、オリジナル曲を作曲するうえでヒントになった部分もありますか。

「どちらかというと、前に比べたらものすごくシンプルになりました。以前はそれこそコードが2、3しかないメタルのリフをどうやって広げていくかということばかりやっていたので。

普段のジャズのようにテーマの延長上でアドリブを入れるというのは、メタルの場合、素材が少なすぎてなかなかできないんですよ。それもあって、大幅にアレンジをするからNHORHMのレパートリーは譜面がめちゃくちゃ長かったんです。そのぶん、オリジナルを作るうえでは、32小節のジャズ・スタンダードのシンプルなフォーマットを大事にしたいと思うようになりました」

ピアノ・ソロ・アルバム『Vibrant』のトレーラー映像