93年にボブ・ディラン出生の地、ダルースで結成されたロウは音楽サイトなどを見ると〈スロウコア〉〈サッドコア〉というジャンルの括りで紹介されていることが多い。かいつまんで言えば、静謐で幽玄とも言えるミニマルな楽曲、男性・女性の混声ヴォーカル編成が特徴の、まるで時間の経過を遅らせるようなタイプの音楽のジャンルである。確かにロウの音はそう言えるものではあるけれど、彼らはその極北にある。
2018年の前作『Double Negative』は極限まで磨き上げられたノイズ的音響と共に、バンドがこれまで積み重ねてきたエッセンスを凝縮させたものすごい迫力を持った作品だったが、ニュー・アルバム『HEY WHAT』(Sub Pop/BIG NOTHING)はそれをさらに上回っていくような強度を持った作品だ。今作の肝は、人間たる2人のヴォーカルと、非人間的な音響=ノイズの対比である。強引に言えば人間と自然の関係みたいなもので、ノイズ(自然)は時には凶暴なまでに激しくなるが、打って変わって穏やかな場面もある。ヴォーカル(人間)はそれに対して調和したハーモニーを響かせることもあれば、沈黙することもある。この対比の持つ緊張感がアルバムの全編に張り巡らされている。
そんな中でデジタル・クワイアが最終的にノイズと調和していく“Days Like These”はこの作品の一つのピークポイントであり、ここでの一瞬救われるような感覚はあくまでも作品を通しで聴かないと味わえないだろう。このアルバムは何かをしながら聴くのにはあまり向いていない。一つの音楽としてあまりにも研ぎ澄まされているし、聴き出したらそこに集中せざるを得ないからだ。
CHUBBY AND THE GANG 『The Mutt’s Nuts』 Partisan/BIG NOTHING(2021)
そんなロウとは対照的に、チャビィ・アンド・ザ・ギャングの『The Mutt’s Nuts』(Partisan/BIG NOTHING)は動き出したら止まらない、汗をかきっぱなしの人間的でアグレッシヴな作品だ。アイドルズが好きな人には間違いなく刺さる。彼らの持ち味は速くて激烈でソリッドな3コード・パンク・サウンドにブルースやカントリーといったルーツ音楽が血肉化されているところで、本作でもそれは健在だ。デルタ・ブルースとハードコア・パンクの素晴らしい融合である“Lightning Don’t Strike Twice”はその面目躍如たる出来栄えだ。
メンバーの大半が電気技師や職人といったフルタイムの仕事を掛け持ちしていることもあり、歌詞も大家に不満をぶちまける“It’s Me Who'll Pay”など日常生活における些細な不満などがダイレクトにぶつけられていて痛快だ。フラストレーションが溜まりやすい昨今のムードを代弁してくれる快作である。
音楽を聴いていて良いことの一つは、作品を聴いている間は日常とは異なる時間の流れを経験することができることだ。タイプは違えど今回紹介した作品もそんな非日常的な時間感覚を味わわせてくれる。
【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。