
THRILL OF IT ALL
マイケル・ジャクソン『Thriller』が『Thriller 40』に辿り着くまで
史上最高のアルバムにする
もともと『Off The Wall』がグラミーの〈最優秀アルバム〉部門にノミネートされなかったことから、次作を〈史上最高のアルバム〉にするというマイケルの闘志が高まったというエピソードはすでによく知られているものだろう。当時のマイケルはアーティストとして認められるべく曲作りに励み、その成果を姉ラトーヤのプロデュースやジャクソンズの作品でも見せていた。しかしながら、意識の揃いづらいグループ活動よりも個人の活動にこそ気合が入る状況だったのは明らかで、82年夏から制作に入ったという次作=『Thriller』を転機に、マイケルは大きく変わっていくた。引き続きプロデュースを委ねたクインシー・ジョーンズの配下に、『Off The Wall』でも絡んだ馴染みのソングライター/ミュージシャンがふたたび集まり、最高のアルバムをめざして動きはじめたのである。
結果的に9曲から成るアルバムの構成は、前作『Off The Wall』のスムースな流れを雛形にしたようにも思える。アタッキーな幕開けの“Wanna Be Startin’ Somethin’”は“Don’t Stop ’Til You Get Enough”に対応しているし、ロッド・テンパートン作のタイトル曲“Thriller”は曲の構造そのものも前作の表題曲“Off The Wall”によく似ている。終盤の切ないラヴソングという意味だと“The Lady In My Life”は“She’s Out Of My Life”の役割になるだろうか。
また、ポール・マッカートニーとのデュエットした先行シングル“The Girl Is Mine”は、ロック界の大物とデュエットするというアイデアは過去になかったが、ポールのペンによるソフト・ロック調の“Girlfriend”はすでに『Off The Wall』で歌われていた。逆に言うと、純粋なアップデート作業とは異なるポイントにこそ、『Thriller』の『Thriller』たる所以があると考えることもできるわけで、それはすなわち“Billie Jean”と“Beat It”ということになる。
まず、翌83年のモータウン25周年記念コンサートにおけるムーンウォーク披露も手伝って社会現象を巻き起こした“Billie Jean”は、極めてクールなダンス・トラックながら、噂話や嘘によって謂れのないトラブルに巻き込まれるという詞はジャクソンズの“This Place Hotel”(80年)の延長線上にあり、以降のスーパースター人生を予見させるような、不吉な魅力を放つ楽曲だ。一方の“Beat It”は、エディ・ヴァン・ヘイレンのギター・ソロが華々しいロック・ナンバーで、ソリッドなパワー・ポップに仕上がっている。
さらにアルバム後半には、TOTOのスティーヴ・ポーカロ作の眩しいメロウ美曲“Human Nature”や、ジェイムズ・イングラムとクインシーの共作でヴォコーダーを用いたディスコ・ポップ“P.Y.T. (Pretty Young Thing)”も収録されている。なかでも後者は2004年のボックスセット『The Ultimate Collection』で70年代風メロウ&スムースなデモ・ヴァージョン(マイケル × グレッグ・フィリンゲインズによる実質的な別曲)が公開された際には驚かれたものだが、各曲がさまざまな選考過程や天の采配を経てここに収まったというわけだ。