そうしたパラドックスを乗り越える、ほぼ唯一の解決策が「ブレードランナーLIVE」、すなわち映画で流れたヴァンゲリスの音楽のほぼすべてを、映画本編から切り離さずに演奏するライヴなのだ。別掲のセットリストが実際にライヴで演奏される楽曲一覧だが、この映画の熱心なファンならば、楽曲名を見ただけで、ヴァンゲリスの音楽が流れるシーンの映像が即座に思い浮かんでくるだろう(唯一の例外はヴァンゲリスが作曲した挿入歌“One More Kiss, Dear”で、これだけは劇中に流れるソース・ミュージックという扱いになり、映画本編で使用されたオリジナルがそのまま流れる)。
ヴァンゲリスが「ブレードランナー」のために作曲した音楽が、作曲家本人のアレンジに忠実なまま、しかも物語順に演奏されるのを聴けただけでも、「ブレードランナーLIVE」は感涙ものであった。だが、もうひとつ、このライヴを体験してよりいっそう深く理解できるようになったのは、ヴァンゲリスの音楽がシンセだけでなく、アコースティックな生楽器にも重要な役割を与えていたという点である。ジョアンナ・キャシディ演じるゾラのテーマとして流れるオリエンタルなヴォーカル(今回のセットリストでは“2M3 LEON’S APARTMENT”や“3M2-3 SNAKE MAKER PT. 1”など)は、実際にヴォーカリスト(エレクトリック・ヴァイオリン奏者が兼ねる予定)が生歌を披露するし、あるいは“愛のテーマ”として知られる咽び泣くサックス(今回のセットリストでは“4M2-3 OWE YOU ONE / LOVE THEME”)は、これも実際に木管奏者がテナーサックスで生演奏する。その絶大なる効果を体験すれば、なぜヴァンゲリスがシンセと生楽器(生声)をスコアの中で融合させたか、その理由が即座にわかるだろう。「ブレードランナー」という映画が描いている人造物と人間の対立というテーマ、あるいは人間になろうとしている人造物というテーマを、ヴァンゲリスが音楽でアレゴリカルに表現したかったからである。
今回の「ブレードランナーLIVE」を、ダグラス・トランブルとヴァンゲリスの追悼イベントとして参加するのは、もちろん悪いことではない。だが、録音という形で一度定着させた音楽にライヴ演奏という〈生命〉を再び吹き込むことが、「ブレードランナー」という映画の場合、どのような意味を有しているか。その意義に気づいた時、ヴァンゲリスと「ブレードランナー」を愛するすべてのファンは、「ブレードランナーLIVE」に足を運ばざるを得なくなるだろう。〈シンセサイザーの神〉ヴァンゲリスの音楽的生命に、寿命は存在しないからだ。
MOVIE INFORMATION
映画「ブレードランナー ファイナル・カット」(2007年作品)
監督:リドリー・スコット
脚本:ハンプトン・ファンチャー/デヴィッド・ピープルズ
原作:フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
音楽:ヴァンゲリス
主演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/エドワード・ジェームズ・オルモス
BLADE RUNNER LIVE
ACT I
1M0 LADD LOGO
1M1 MAIN TITLES
1M4 HOLDEN KILLED
1M6 OVER THE CITY
1M8-9 TOTYRELL / RACHEL & DECKARD
2M1 DECKARD KNOWS
2M3 LEON’S APARTMENT
2M5 ROY & LEON ENTER
2M6 QUESTIONS OF CHUE
2M8-9 MEMORIES OF GREEN
2M10 SEB’S BUILDING
3M1 PHOTOS
3M2-3 SNAKE MAKER PT.1
3M3A SNAKE MAKER PT.2
3M7 ZORA FIGHT
3M9 ZORA DIES
ACT II
4M1 RACHEL KNOWS
4M2-3 OWE YOU ONE / LOVE THEME
4M5 ROY MEETS SEB
4M6 PERFECT NEXUS
4M7 HELP US
4M8 TYRELL BUILDING
4M9A REPRISE OF 4M8
5M1 ROY MEETS TYRELL
5M2 DECKARD ENTERS
5M3 PRIS ATTACKS
5M4 ROY FINDS PRIS
5M6 BREAKING FINGERS / CHASE
5M8 FIRST FIGHT
6M1 TOP OF THE BUILDING
6M2 THE JUMP
6M3 ROY DIES
6M4 FINALE
LIVE INFORMATION
ブレードランナーLIVE
ファイナル・カット版~ヴァンゲリスへ捧ぐ~
Hommage à Vangelis(1943-2022)
2023年3月5日(日)東京・渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
開場/開演:13:15/14:00
https://avex.jp/classics/bladerunner-live2023/