『Art Official Intelligence: Mosaic Thump』(2000年)

レッドマンら東海岸のラッパーが多数客演、ライブのような楽しさの名盤
by 池城美菜子
プリンス・ポールから離れた『Stakes Is High』から3年後、20世紀最後のプロジェクトとして、デ・ラ・ソウルの3人は〈3枚組〉のアルバムを画策した。それが、人工知能をもじった〈Art Official Intelligence〉シリーズであり、3部作に変更したもののトミー・ボーイ解体のあおりを受け、2作しかリリースされなかった。彼らの通算5作目にあたる本作が、同プロジェクトの第1章。
曲数も客演数も多く、多くのアーティストが飛び入りしたライブのような楽しさがある。アルコーホーリックス(ザ・リックス)のタッシュとJ-ロー、同じリクウィット・クルーのイグヴィットのLA勢以外は、東海岸のラッパーで固めている。レジェンド、ビジー・ビーのほか、フレディ・フォックス(バンピー・ナックルズ!)、ビースティー・ボーイズのアド・ロックとマイク・Dらが参加。1曲だけ参加しているプリンス・ポールのプロデュース曲、“Oooh”はレッドマンを迎え、チャートだけでなくラジオやクラブでもよくかかった。いま聴くと、この絶妙な脱力感を出せるラッパーは少ないと気づく名曲だ。
“La Freak”をサンプリングした“U Can Do (Life)”、チャカ・カーンを招いた“All Good?”、ジェイ・ディーと名乗っていたJ・ディラがプロデュースした“Thru Ya City”など、ソウルフルな曲があいかわらず多くて聴きやすい。8割以上がセルフプロデュースだが、ロックワイルダーが作ったバスタ・ライムズとの“I. C. Y’all”といった変化球もいい。
ストリーミングになかったため、長いこと耳にしていなかった。改めて聴いて、忘れていた思い出が鮮明に蘇るときみたいな、なんとも言えない懐かしさに襲われた。人生のどのタイミングで出会っても問題ない、名盤だと思う。日本盤のアートワークは井上三太氏が手がけている。
『AOI: Bionix』(2001年)

南部勢の活躍へのアンサーを含む東海岸流儀の非凡なプロデュース力
by アボかど
トミー・ボーイからの最後の作品となった6作目のアルバム。前作から続く〈AOI〉シリーズの2作目にあたる。なお、〈AOI〉シリーズは3部作として構想されていたというが、現時点では3作目は未発表である。
本作ではこれまでの作品と比べセルフプロデュース曲が減少し、前作からの続投となるスーパ・デイヴ・ウェストを中心にJ・ディラやケヴ・ブラウンなど外部プロデューサーが手掛けた曲が増加している。アートワーク通りスペイシーなムードを纏ったビートが多く、随所で聴けるブリブリのベースやシンセの響きはPファンク的でもあり、Gファンクとも通じる魅力を放っている。しかし、それでもデ・ラ・ソウルらしい東海岸ヒップホップマナーから逸脱するものではなく、あくまでもループの楽しさで聴かせるような作りだ。この東海岸のループ感覚でPファンク的な音色を調理する試みからは、現在のロンドン・ドラッグス(LNDN DRGS)やラリー・ジューンなどに近いものを感じることができる。
サウンド面以外にも注目すべきポイントは多い。先行シングルとなった“Baby Phat”で脱力したフックを歌うデヴィン・ザ・デュードや、チャンス・ザ・ラッパーに先駆けたゴスペル風味の“Held Down”で強力な喉を見せつけるシー・ロー・グリーンの参加は、アウトキャストやリュダクリスといった南部勢の活躍が続いていたこの頃のシーンの動きへの見事なアンサーだ。また、この2曲もそうだが、本作はフックをラップではなく客演やサンプリングの歌声に委ねた曲が多い。そのため全体的にメロディアスな感触で、同時代に人気を集めていたジャ・ルールやネリーなどの〈歌うラッパー〉の諸作とも並べて聴けるような作品となっている。
当時のシーンの動きに自身のスタイルを曲げない形で反応し、さらに別のスペイシーな柱を立ててユニークな魅力を獲得した本作。外部プロデューサーに委ねた曲を増やしても、そのプロデュース能力はやはり非凡なのだ。
〈歪んだお花畑〉の世界が全開。普遍的かつ先進的な生活感と問題意識
by 池城美菜子
3部作の予定だった人工知能(Artificial Intelligence)をもじった、〈Art Official Intelligence(AOL)〉シリーズの2章にあたり、〈生物科学〉とのタイトルがついている。トミー・ボーイ消滅に伴い、同レーベルからの最後のアルバムになり、最終章はいまだにリリースされていない。
とはいえ、ほぼセルフメイドのトラックと、ウィットに富んだリリックは通算6作めでも健在。デビューして10年以上が経ち、独自の立場を築いていた彼らが伸び伸びと制作しているのが聴き取れる。〈正しく生きなさいよ卿(Reverend Do Good)〉というすっとぼけたキャラクターが登場するインタールード、デヴィン・ザ・デュード(プリンスの“Nasty Girl”を引用)、シー・ロー、スリック・リックら曲者揃いの客演で、歪んだお花畑であるデ・ラ・ワールド全開。R&Bのヤミー・ビングハム、グレン・ルイス、キューバのホセ“ペリーコ”ヘルナンデスも招いて、緩急をつける。
ぽっちゃり女性を讃える“Baby Fat”、B-リアル、J・ディラ、デイヴがいやがるポスに無理やりマリファナを勧める“Peer Pressure”(プロデュースもディラ)など、地に足がついた現実的なリリックがデラらしい、と当時は思っていた。その感想もまちがいではないのだが、20年以上の月日が経ったいま、彼らの生活感情、問題意識の切り取り方は普遍的であり、時代の先に行っていたと感心することしきり。
“Simply Havin’”は、ア・トライブ・コールド・クエストの“Footprints”をサンプリングしたうえ、Qティップの声で締めている。ネイティヴ・タンのファンなら、〈ふふふー〉と歓びの笑みがこぼれてしまう曲だ。