間違いなく天才指揮者! アンドレア・バッティストーニ、日本で大ブレーク

 1987年ヴェローナ生まれのイタリア人指揮者、アンドレア・バッティストーニが日本で大きく才能を開花させた。2012年2月、まだ24歳だった時点で東京二期会に招かれ、ヴェルディのオペラ「ナブッコ」で大成功を収めた。そのピットに入っていた東京フィルハーモニー交響楽団が破格の才能に惚れ込んで翌年5月の定期演奏会へ呼び、シンフォニー指揮者としての日本デビューを用意した。5月31日、東京・サントリーホールでのレスピーギの交響詩「ローマ三部作」(ローマの祭、ローマの噴水、ローマの松の順に演奏)は、「ナブッコ」に感激した日本コロムビアの岡野博行プロデューサーがライヴ録音を決行し今年2月19日、〈DENON〉レーベルへのデビュー盤として発売された。

ANDREA BATTISTONI, 東京フィルハーモニー交響楽団 『レスピーギ:ローマ三部作』 コロムビア(2014)

 バッティストーニが日本と不思議な縁で結ばれていると思わざるを得ないのは、CDのプロモーションが本格化する時期の今年1月、妊娠で来日をキャンセルしたメキシコの美人指揮者アロンドラ・デ・ラ・バーラの代役として再び東京フィルと共演する機会を授かった偶然からもうかがえる。しかも曲目を一切変更せず、メキシコの作曲家カルロス・チャベスの“交響曲第2番『インディオ交響曲』”、独奏者も病気キャンセルで代役の清水和音が弾いたガーシュインの“ラプソディ・イン・ブルー”など、生まれて初めて人前で指揮する作品にも解釈の冴えをみせた。

 一方、「深く敬愛している」というドヴォルザークの“交響曲第9番『新世界より』”では若さあふれる指揮ぶりの随所に独特の音色、和声感、即興的な音の変更を織り込み、聴き慣れた名曲に新鮮な輝きを与えた。ダンサーを思わせる大きなアクションと生命感、作曲家としての顔も持つ人ならではの知的で緻密な読譜の両面を備える部分では、若き日のセルジュ・チェリビダッケを彷彿とさせる。「オーケストラの定番レパートリーで、すでに解釈の伝統も十分ある作品を前に、どうやって自分の道を見つければいいか? 私は自宅、旅先のホテルのいずれでも部屋にスコアを広げたままにしている。ちょうどレゴを組み立てるように何度も見ては少しずつ、楽曲の構造を確かなものにしていく」。静かで孤独な作業を通じ、はっきりした個性を造形するのだろう。日本コロムビアは1月31日、サントリーホールで指揮したマーラーの“交響曲第1番『巨人』”をライヴ録音した。

 イタリア人指揮者というとオペラのイメージが強いが、アルトゥーロ・トスカニーニやカルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティら先輩たちはみな、演奏会でもマエストロとしての高い評価を受けた。一般に〈オペラ指揮者〉と思われがちなヴィットーリオ・デ・サーバタ、ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ、ジュゼッペ・パターネ、ネッロ・サンティらもしばしば交響曲を振り、味わい深い解釈を示した。バッティストーニも「オペラ指揮者、シンフォニー指揮者の分類はステレオタイプでしかない。完璧な指揮者なら両方できて当たり前。歌手1人1人のコンディションに配慮しながらバランスを整えるオペラの経験は演奏会にも生かせるし、シンフォニーの経験はピットのオーケストラを〈伴奏〉と軽んじない視点に結びつく」ときっぱり。「早くから両輪を目指した」と語る若いイタリア人指揮者は、「同じオペラとシンフォニーのダブル・アイデンティティを備える東京フィル」を「高い次元で特別な音楽を実現できる同志」とみる。

 筆者はイタリアと日本の楽員メンタリティについて質問しようと、フェデリコ・フェリーニ監督の壊滅的?な名画「オーケストラ・リハーサル」(1979年)を引き合いに出した。「あはは。オーケストラを正しく知るには、テオドール・アドルノ(ドイツの哲学・社会学者)の著作より、あの映画を観た方がいい。イタリア人にとって集団労働で〈どうやって自我を収めるか〉は至難の業。練習初日は学生オケかと思うほどバラバラだし、駆け出しの指揮者にはわざと間違え、気付くかどうか試したりする。イタリアのオーケストラと信頼を築くのは大変だけど、東京フィルとは初共演の練習1日目から、非常にうまく行った」と、日頃の思いが一気に爆発した。逆に東京フィルに求めるものは? 「ローマ三部作でも明らかなように、テクニカルな問題は一切ない。むしろイタリアの作曲家をイタリア人が指揮する際はカンタービレの血とか、楽譜の背景にある景色、引用された民謡の原曲などをしっかり伝え、雰囲気を高めようと努める」。力技とは無縁の、詩的なレスピーギである。

 「もし、東京フィルに〈常任になって〉と頼まれたら?」と、突っ込む。「すごくラヴリー! もっと日本のことも知りたいしね」。最初は文学者を目指しただけに、レトリックにも抜かりはない。日本コロムビアは今年3月、バッティストーニが首席客演指揮者を務めるジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場のオーケストラと、イタリア・オペラの序曲や間奏曲をセッション録音する予定。しばらく〈光る黒シャツ〉の若武者から、目が離せない。