Helsinki Lambda Clubのフロントマンが日々の巡る思索を綴った『日記』のようなEPでソロ・デビュー! プライヴェートな心象風景に浮かぶ、ずっと言葉にしたかった想いとは?

 「10年以上バンドで活動していて、上手くいったことも、いかなかったこともたくさんあった。カッコよさやスタイルは常に更新できている実感はあるんですけど、思い描くような広がり方にはなっていないとも思っていて。メンバーも歳を取ってライフスタイルも変わってきていますし、いまは見つめ直すタイミングなんですよね」。

 Helsinki Lambda Club(以下ヘルシンキ)のフロントマンであり、このたび初の自身名義での作品となるEP『日記』をリリースした橋本薫は、現在のステイタスをこう語る。続けて、ソロを始動した理由も明かしてくれた。

 「自分自身のメンタルヘルスや性格を丁寧に整理して把握していくことで、僕やバンドのやりたいことをもっと上手に形にできるようになりたかったんです。僕は本当に〈ごちゃごちゃ〉した人間だから。部屋の整理とかもすごく苦手 (笑)」。

橋本薫 『日記』 Hamsterdam/UK.PROJECT(2025)

 つまり、ソロの音源を制作することは、橋本にとって自己分析でもありセラピーでもあった。

 「バンドでの制作ってエネルギーが要るし、特にヘルシンキはドーパミンをドバドバ放出しながらの作業になるので、そのぶん負荷が大きいんです。作品的に大きくジャンプできたとしても、心理的な面でその着地に失敗して不安定になることもあった。なので、ソロというタイニーな世界観を持っておくと、それが緩衝材になり、気持ちの置き場にもなりそうだなと」。

 ソロでの制作にあたって、橋本に大きなインスピレーションを与えたのがユース・ラグーンの2023年作『Heaven Is A Junkyard』。米国のシンガー・ソングライターが一時は声を失うという苦境を乗り越えて作り上げた傑作だが、同作の持つ緊迫感やリリシズムと比較して、橋本が完成させたEP『日記』は、ファニーで人懐っこい。

 「〈なるべく下駄を履かず、いまの実力でできるものを作る〉という指針があったからだと思います。『Heaven Is A Junkyard』のマインドを受け継ぎつつ、生活の隙間に入り込むような平熱の音楽をめざしたんです」。

 そこで橋本がプロデューサーに迎えたのがnever young beachの巽啓伍。お互いの家を行き来しながら、大半を宅録で作り上げていった。

 「1人だと挫けてしまうことも、2人なら乗り越えられたりしますよね。巽は美意識をしっかり持っている人で、整理もわりと得意。その面で僕とけっこう対照的な部分があるんです。あと純粋にいちばん仲が良いというか、たぶん誰よりも一緒に時間を過ごしている人間(笑)」。

 簡素な打ち込みのビートの上で、柔らかいギターやドリーミーなシンセなどが重なり、橋本が穏やかな歌を加える『日記』。特に作詞の面では、橋本は表現者としての前進を感じられているようだ。

 「なかでも1曲目の“生活の報告”は、ずっと抱えてきた気持ちをやっと言語化できた感触があります。ヘルシンキでは、リスナーを煙に巻くような歌詞を書いてきたんですけど、この曲を作っていると、〈ちゃんと伝えたい〉〈そのために丁寧な筋道を作る〉という意識が出てきたんです」。

 〈わかりあいたいんじゃなくて/想像して、そばにいたいだけ〉というフレーズは、橋本の表現者としての芯を剥き出しにしたものだろう。以降も、ユース・ラグーンが使っているリズム・マシーン、ローランドCR-78の音をめざしたというローファイ・フォークな“君を待つ”、ヘルシンキのベーシスト稲葉航大も参加し、3人で果物の名前をつぶやくストレンジな“フルーツ食べたい”、昨今のモダン・ニューエイジにも重なるインスト“Setagaya”が続き、最後は橋本にとって大切な街を歌った“茗荷谷”だ。

 「一時期、茗荷谷に住んでいたんです。僕にとって凪のような時間を過ごせた場所で、その安心感が記憶と結び付いている。ひとつの街の中で、東京のいろいろな姿が見えるところも好きでした」。

 すべての物事にはさまざまな面があり、周りが否定することも、当事者にとっては大切な本質であることが少なくない。この『日記』を通じて〈すべて自分で選んでいいんだよ〉と歌っているのではないか?と尋ねると……。

 「〈自分らしくいればいい〉というのは思っていましたね。これまでは他人の基準に振り回されていたと感じますし、いまはより自分自身でいたいんです」。

橋本薫の参加作を一部紹介。
左から、Helsinki Lambda Clubの2024年のEP『月刊エスケープ』(Hamsterdam/UK.PROJECT)、フォード・トリオの2023年作『Let Them Kids See』(Crazy Mondae/Big Romantic)、PEAVIS & NARISKの2022年作『MELODIC HEAVEN』(Manhattan/LEXINGTON)