©Elizabeth DeLa Piedra

時代の激流のなかで世俗音楽の世界へ飛び出し、歴史を切り拓いてきた現在進行形のソウル・レジェンド。唯一無二の圧倒的な歌唱が70年以上ものキャリアを通じて変わることなく表現してきたものとは?

 今年3月、メイヴィス・ステイプルズが20余年ぶりに来日公演を行った。ギタリストのリック・ホルムストローム率いるバンドを従え、太く包容力のある声で時折シャウトや手拍子を交えて歌うメイヴィスは教会のプリーチャーのようで、観る者をグイグイと引き込んでいく。この声が公民権運動の時代から人々を鼓舞してきたのかと思うと、何だか胸が熱くなった。と、終演後にそんな感想を呟いた。ライヴではステイプル・シンガーズ時代の古い曲もやったが、懐メロ・ショウにならないのは、彼女がいまも歌い続け、定期的に新曲を出しているからだろう。今年で86歳。2023年には引退も考えていたというが、「私にはまだやることがある」と現役続行を決意したというから頼もしい。

 昨年6月には懇意だったプリンスを思わせるファンクなシングル“Worthy“をマンダー(MNDR)らの制作で発表。今年1月にドゥービー・ブラザーズが新作の先行シングルとして出した“Walk This Road”にはゲスト・ヴォーカルとして客演していた。それらは来日公演では歌われなかったが、初日のステージではポッドキャストの企画でノラ・ジョーンズと歌った“Friendship”(2022年)のほか、初めて聴く“Human Mind”という曲を披露。これはホージアとアリソン・ラッセルがメイヴィスのために書き下ろした新曲で、来日公演の後に届いたフランク・オーシャンのカヴァー“Godspeed”と共に来るアルバムへの収録が予告された。その新作が、このたびリリースされる、ブラッド・クックのプロデュースによる『Sad And Beautiful World』である。

MAVIS STAPLES 『Sad And Beautiful World』 Anti-/Silent Trade(2025)

 2007年から在籍しているアンタイからのリリースで、スタジオ録音のアルバムとしては6年ぶり。新作では、フランク・オーシャンの曲以外にも、メイヴィスと縁深いカーティス・メイフィールドの“We Got To Have Peace”、レナード・コーエンの“Anthem”、ケヴィン・モービーの“Beautiful Strangers”をカヴァーしている。ケヴィン・モービーの曲は、2016年に各国で起きた銃乱射事件やボルティモアでの黒人青年フレディ・グレイ死亡事件などを受けて書かれたもの。ステイプル・シンガーズ時代から公民権運動と連動したプロテスト・ソングを歌ってきたメイヴィスは、これを自分のオリジナル曲のように解釈し、原作者のケヴィンから激賞されたという。

 ミシシッピ出身の父に由来する南部ルーツと共に地元シカゴへの思いを打ち出しつつ、ソウルやゴスペル、フォーク調の曲を歌う彼女の音楽はアメリカーナ的だとも言える。が、それだけでは言葉が足りない。70年以上に及ぶ音楽キャリアと86年の人生を背景にしたメイヴィスの最新作には、他に類を見ない深遠なソウルが詰まっている。

 

時代のシンボルとして

 メイヴィスの人生と音楽キャリアについては、かつてボブ・ディランにプロポーズされたという逸話も含めて、今年「メイヴィス・ステイプルズ ゴスペル・ソウルの女王」として日本公開されたドキュメンタリー映画「Mavis!」(2015年)にも詳しい。そこでは家族との絆や篤い信仰心が音楽をやる原動力となったことも伝えられる。

 1939年7月10日、イリノイ州シカゴで生まれたメイヴィス・ステイプルズは、ギタリストの父ポップスことローバック・ステイプルズが49年に結成したファミリー・ゴスペル・グループの一員として地元の教会活動を中心に歌い始めた。ステイプル・シンガーズだ。メンバーには長男パーヴィス、長女クレオサがいたが、メインで歌うのは父ポップスと三女のメイヴィス(後に正式加入する次女イヴォンヌも不定期で参加)。レコード・デビューは53年、自主レーベルのロイヤルからで、この時メイヴィスは13歳だった。黒人霊歌や賛美歌を親しみやすい曲にアレンジしたステイプル・シンガーズの音楽は、ボブ・ディラン“Blowin’ In The Wind”やピート・シーガー“We Shall Overcome”などのカヴァーも含めてフォーク・ゴスペル的なスタイルを軸とし、ゴスペルに止まらないポップな感覚で人気を獲得。65年3月の〈セルマの行進〉にちなんだ“Freedom Highway”に代表されるプロテスト・ソングを歌い、キング牧師が主導する公民権運動のシンボル的なグループとなった。

 ヴィー・ジェイ、リヴァーサイド、エピックなどで作品を出していた彼らがフォーク・ゴスペルからソウル路線にシフトしたのが、68年からのスタックス時代。それとほぼ同時にメイヴィスはソロとしてもスタックス傍系のヴォルトと契約を結び、2枚のアルバムをリリースする。スティーヴ・クロッパーらが制作したセルフ・タイトル作(69年)とドン・デイヴィスが制作した『Only For The Only』(70年)だ。ハスキーでダイナミックな声は包容力よりも若さが勝っていたが、過去の名曲を独自に解釈するセンスは似た出自のアレサ・フランクリンを思わせた。前者のアルバムではサム・クックの“You Send Me”も歌い、聖から俗へと舞台を移したサムやアレサを自身のキャリアと重ね合わせてもいたのだろう。ゴスペルを歌ってきた先達がメイヴィスのお手本だった。

 なかでも強く影響を受けたのがゴスペル・シンガーのマヘリア・ジャクソンだ。なにしろ96年にはラッキー・ピーターソンと組んでマヘリア・ジャクソンのトリビュート『Spirituals & Gospel: Dedicated To Mahalia Jackson』を出したほど。クエストラヴ監督のドキュメンタリー映画「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」(2021年)のソースとなった69年の〈ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル〉では、ステイプル・シンガーズとしての出演に加えてマヘリア・ジャクソンのステージでゴスペル古典“Precious Lord, Take My Hand”も歌い上げた。ふたりが同じステージに立ったこのパフォーマンスからも、コントラルトの声で歌うマヘリアに影響を受けていたことがよくわかる。本来はこの日のマヘリアの相手役はアレサ・フランクリンだったとされるが、その代役を務めたメイヴィスが後にアレサのゴスペル盤『One Lord, One Faith, One Baptism』(87年)となる教会ライヴで歌うことを思うと、因縁めいたものも感じてしまう。

 ステイプル・シンガーズは、72年のアルバム『Be Altitude: Respect Yourself』に収録されるファンキーなメッセージ・ソウル“Respect Yourself”と“I’ll Take You There”のヒットでゴスペルの枠を超えてクロスオーヴァーな人気を獲得。その勢いは73年に「ワッツタックス/スタックス・コンサート」として映画公開されたフェスティヴァルの映像からも伝わってくる。そうしてグループの活動が忙しくなるとメイヴィスのソロ活動は停滞したが、“I’ll Take You There”などで〈シャモーン〉(恐らく〈Come on!〉のこと)という掛け声を発してリードを取る彼女は、もはやソロ・シンガー級の存在だったと言っていい。なお、その〈シャモーン〉を後にマイケル・ジャクソンが“Bad”で発したのはメイヴィスへのオマージュだという噂がまことしやかに囁かれたが、これは偶然である可能性が高い。

 

現代に受け継ぐスピリット

 スタックスの倒産後、ステイプル・シンガーズは同郷シカゴのカーティス・メイフィールドが主宰するカートムから彼の手掛けたサントラ『Let’s Do It Again』(75年)を発表。続いてワーナーに入社し、ステイプルズと名乗って世俗に染まったグループとなるなかでメイヴィスはソロ活動を再開する。そこでカートムからソロとしてカーティス制作の映画サントラ『A Piece Of The Action』(77年)を出し、続いてワーナーからマッスル・ショールズ録音を含む『Oh What A Feeling』(79年)をリリースした。80年代に入るとグループはステイプル・シンガーズに名義を戻し、プライヴェート・アイから2枚のアルバムを発表。その後、グループの活動が失速していく中でメイヴィスを自身のレーベルに招き入れたのがプリンスだった。

 ペイズリー・パークの所属となったメイヴィスは、89年に『Time Waits For No One』、93年に『The Voice』と、プリンスが制作に関わった2枚のアルバムをリリース。プリンスのファンクを全身で受け止め、新しい時代に順応するメイヴィスに賞賛が集まった。が、プリンスとワーナーとの確執もあって2枚目のアルバムがプロモーションされず、セールスは惨敗。この後、マヘリア・ジャクソンのトリビュート・アルバムを出したのは、原点回帰であると同時に自分への慰めだったのではと邪推したくなる。

 ステイプル・シンガーズは99年に〈ロックンロールの殿堂入り〉を果たすも、2000年に父ポップスが他界したことで活動停止。父の死で何も手につかなかったというメイヴィスも、この後しばらく音沙汰がなくなってしまう。だが、彼女は再起する。悲しみを乗り越えて自主制作した『Have A Little Faith』は、いくつものレーベルに断られた末、2004年にアリゲーターから発表。このゴスペル・ソウルなアルバムによって状況が好転した。アリゲーターで予定していた次作こそ未発に終わったが、次に契約したアンタイが現在に至るまでメイヴィスをシンガーとして安泰に導くことになるのだ。

 アンタイでは、亡き父の作品にも関わったライ・クーダーと組んだ『We’ll Never Turn Back』(2007年)を第1弾としてリリース。これを筆頭に、現代社会の問題に過去の体験を重ね合わせ、キング牧師への想いも抱きつつ、トラディショナルなソウル、ゴスペル、ブルースを歌っていく。とりわけ、ウィルコのジェフ・トゥイーディーとは好相性を示し、『You Are Not Alone』(2010年)、『One True Vine』(2013年)、1作挿んで『If All I Was Was Black』(2017年)の3作が彼のプロデュース。太く包容力のある声から滲み出る深みは公民権運動の時代から歌い続けてきた彼女ならではで、年輪を刻んだその声は新たなトレードマークとなった。ステイプル・シンガーズのスピリットを受け継ぎ、現代に再現するアンタイでのメイヴィスは、いわば〈ひとりステイプル・シンガーズ〉。この間、姉のクレオサとイヴォンヌ、兄のパーヴィスも天国に導かれ、現在は本当にメイヴィスひとりだけになってしまったが、神様はまだ彼女を現世にとどめておきたいのだろう。

 2019年には、ベン・ハーパーと組んだ『We Get By』、ノラ・ジョーンズを迎えたシングル“I’ll Be Gone“をリリース。近年は所縁のリヴォン・ヘルムと2011年に行ったライヴ・セッションの音源もリリースされたが、これを含めてアンタイからは3枚のライヴ・アルバムを発表。ライヴ活動も積極的にこなしているメイヴィスなのだ。2010年代後半にはボブ・ディランのツアーにも同行している。また、この10年の間には、ゴリラズ、ドリー・パートン、バディ・ガイ、ラン・ザ・ジュエルズなどとのコラボでも気を吐いた。

 そして2025年。混迷する世界に生きるなかで溜め込んだ思いを投影したのが、新作『Sad And Beautiful World』である。怒りを滲ませながらも世の安寧を願うように、大らかに説き伏せるように歌うメイヴィス。荘厳さの漂うその歌には黒人として生きてきた歳月分の重みがある。そんな彼女の音楽に接すると、〈ブラック・ミュージック〉という言葉に対しても改めて慎重になる。

左から、2022年のサントラ『Summer Of Soul(...Or, When The Revolution Could Not Be Televised)』(Legacy)、〈Wattstax〉の音源を網羅した編集盤『Soul’d Out: The Complete Wattstax』(Craft)、ザ・バンドの78年作『The Last Waltz』(Warner Bros.)

メイヴィスの参加作を一部紹介。
左から、ポップス・ステイプルズの2015年作『Don’t Lose This』(Anti-)、ベンジャミン・ブッカーの2017年作『Witness』(ATO)、ゴリラズの2017年作『Humanz』(Parlophone)、ホージアの2019年作『Wasteland, Baby!』(Columbia)、シェリル・クロウの2019年作『Threads』(Valory)、ラン・ザ・ジュエルズの2020年作『RTJ4』(BMG)、ジョン・バティステの2021年作『We Are』(Verve)、バディ・ガイの2022年作『The Blues Don’t Lie』(Silvertone)

メイヴィスの参加した近作。
左から、モノネオンの2024年作『Quilted Stereo』(Court Square)、ドゥービー・ブラザーズの2025年作『Walk This Road』(Rhino)