インディとヒップホップが衝突した唯一無二の音楽
『Whatever~』は、とにかく性急で、BPMが速く、前のめりな勢いに満ちている。いかにも10代のバンドのデビュー作といった雰囲気だ。その荒々しさと熱気、そしてギターリフを中心に楽曲が組み立てられているところは、ロックンロールリバイバルの先達から継承したものだと言えるだろう。だがそれ以外の点では、一世代前のバンドたちとはあまり似たようなところが見つからない。
ドラムは手数が多くて派手だが、そのビート感覚にはファンクネスが感じられる。レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムを敬愛しながらも、ドクター・ドレーのビートに合わせてドラムの練習をしていたというマット・ヘルダーズの感性が大いに生かされている(もちろんボンゾもファンキーだが)。アレックス・ターナーの矢継ぎ早に言葉が出てくるような歌い方にも、やはりラップやヒップホップの影響があるだろう。バンドアンサンブルにはブレイクやキメが多く、全ての楽器が一体となってリズミックにグルーヴを創出している。そしてそこにアレックスが綺麗に脚韻を踏んだ歌詞をバシバシとハメていく様は、ヒップホップに似たカタルシスがある。
こうした初期アークティックの特徴がわかりやすく出ているのが、“I Bet You Look Good On The Dancefloor”だ。パワーコードを多用し、ヘヴィでありながらもファンキーなギターリフ、シンコペーションの効いたリズム、そしてラップと歌を綱渡りしているようなアレックスの言葉数が多いボーカル。これらが凄まじい速度で、混然一体となって放たれる。彼らが凡百のインディバンドとは完全に一線を画すことは、このデビュー曲の時点で火を見るよりも明らかだった。
アレックスとマットは、ギター音楽に目覚める前はヒップホップを愛聴していた。だからこそ『Whatever~』は、2000年代インディとヒップホップが衝突し、青臭いエナジーをまき散らしながら爆走しているようなアルバムになったのだろう。これは完全にオリジナルなスタイルであり、後にも先にも似たようなサウンドはあまり見当たらない。
普通の若者の〈土曜の夜〉を生き生きと描いた歌詞
そしてもちろん、このアルバムが特別なものになった理由として、アレックスの書く歌詞の存在は大きい。アルバムタイトルがイギリスの小説家アラン・シリトー原作の映画「土曜の夜と日曜の朝」のセリフから取られたように、基本的にこの作品は若者たちが土曜の夜から日曜の朝にかけて経験することについて歌われている。もっと噛み砕いて言えば、これは夜遊びについてのあれこれを歌ったアルバムだ。アレックスはそれを誰もが共感できる表現で、期待と興奮と怒りと失望を織り交ぜて綴るのが抜群に上手い。
アルバム1曲目の“The View From The Afternoon”では、これから始まる夜遊びに〈今夜こそは最高の一夜になるかもしれない〉と胸を高鳴らせつつも、結局はいつも通りの平凡な一夜で終わるに決まっているという達観も滲ませている。“~Dancefloor”ではインディクラブで目にした気になる女の子について歌い、“Red Light Indicates Doors Are Secured”は夜遊びの後にタクシーで帰る様子を信じがたいほど魅力的な筆致で描き出す。“Riot Van”では警察とのいざこざを回想し、“From The Ritz To The Rubble”にはクラブでよく見かける乱暴なセキュリティが登場する。
市井の人々の悲喜こもごもが詰まった日常を観察者的な視点で描くという点で、当時のアレックスは同郷シェフィールドの先輩、パルプのジャーヴィス・コッカーを引き合いに出されることが多かった。だがジャーヴィスの言葉はミスシェイプス(はみ出し者たち)に寄り添ったものであるのに対し、アレックスは本当に〈普通〉の男女の物語を描いている。また、ストリートの詩人という意味ではリバティーンズとの比較も可能だが、リバティーンズが描くのはロンドンという都会に暮らす不良の物語であり、ロマン主義的な傾向も強い。それに対してアレックスは、どこの街にでもいそうな、ごくありふれた若者たちが〈土曜の夜に経験すること〉を生き生きと描く。その言葉が生み出す普遍的な力が、アークティックの人気を支える大きな要因のひとつだった。
ただ、本作屈指の名曲と呼ばれる“When The Sun Goes Down”と“A Certain Romance”は、どちらも夜遊びの歌ではない。前者は売春で生活せざるを得ない少女とその元締めの男性について、そして後者は当時社会問題となっていたチャブス(労働者階級の不良少年たち)についてだ。慧眼なのは、どちらも他人事として社会批評的に意見を述べているのではなく、実際に自分が目にしてきたことを、10代の少年のリアルな実感と共に歌ったところだろう。“When The Sun Goes Down”は街角で見かけた売春婦の少女と自分の年齢が近いからこそ、“A Certain Romance”はアレックスの学友の中にチャブスになった少年たちがいるからこそ、その対象に寄せるシンパシーが強いリアリティと説得力を帯びている。
土曜の夜の興奮と失望を臨場感たっぷりに描き出し、ときに街角で見かけた残酷な現実に怒りと無力感を滲ませ(“When The Sun Goes Down”)、別々のトライブに分かれてしまった旧友たちにも思いを馳せる(“A Certain Romance”)――これほど完璧な10代のサウンドトラックと呼べる作品は決して多くはない。その意味で、『Whatever~』は完璧なデビューアルバムのひとつだ。