世界でも最難関の一つであるエリーザベト王妃国際コンクールに、日本人初の優勝を果たしてから30年余りが過ぎた堀米ゆず子。現在はブリュッセルを本拠に活躍中だ。彼女が優勝した当時のインパクトは本当に大きかった。が、改めて言うまでもないが、オリンピックの金メダルと違い、コンクール優勝は到達点ではない。音楽家が世に出るあくまできっかけに過ぎない。その後の歩みの方が、はるかに大切なのである。そういった意味で、堀米ゆず子にとって重要だったのは、ソリストとしてのみならず、熱心に長年室内楽に取り組んできたこと、そしてその中心にはいつもブラームスがあったことではないだろうか。
「ブラームスは私にとってかけがえのない作曲家です。彼のヴァイオリン・ソナタ第1番、弦楽六重奏曲第1番を、学生時代1年間かけて勉強しました。旋律の下にあるバスの存在、そしてその転回形によって変わる心象…和音の含み…これが今でも私の音楽つくりの核になっています」
その彼女が昨年8月、ベルギーのTalentレーベルで、いよいよブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲の2曲(どちらもヨアヒムとブラームスとの友情によって生まれた作品として、関連付けることができる)を、ジョアン・ファレッタ指揮チェコ・フィル、ヴィヴィアン・スパノーグ(チェロ)との共演で録音した。錚々たるオケとの共演歴を誇る堀米にも、チェコ・フィルとの協奏曲は非常に手応えあるものだったようだ。
「最高のチェコ・フィルとの共演、というのは本当に私の音楽人生の一つの集大成です。2日間5~6時間の集中というのはコンチェルトを7~8回本気で繰り返し弾き続けるということです。体力勝負です。右手の人さし指に水ぶくれができたのも生涯初めてのことでした! でも良い共演者、スタッフ、また友人、家族に囲まれ幸せなひとときでした」
通常のオーケストラ定期演奏会で、ソリストが納得いくまで時間をかけた協奏曲のリハーサルをできるケースは稀である。そんな昨今、これだけしっかり取り組んだ協奏曲のセッションは、なかなかできるものではない。堀米にとって、演奏・録音ともども会心の仕上がりとなったのは想像に難くない。すでに発売中のブラームスのソナタ集でも見事な音色を奏でていた愛器の1741年製グァルネリ・デル・ジェスが、協奏曲ではどう響いているのか、楽しみである。
なお、国内での堀米のコンサートとしては、無伴奏、ソナタ、室内楽作品を組み合わせた『バッハ&ブラームス・プロジェクト』(全6回)が、兵庫県立芸術文化センターとHakujuHallで進行中である。