ソロ、室内楽、コンチェルトと活動を繰り広げる多彩なヴァイオリニスト
イブラギモヴァの日本でのデビューは、クレーメルに見出されザルツブルク音楽祭に初登場した直後の2005年10月(註)。以後、2011年からは、2012年を除き毎年来日を重ね、昨年辺りからは確固たるスターのひとりとして日本でも広く知られるようになった。
註)初めて日本を訪れたのは2005年以前。来日中のテツラフにレッスンを受けるためだけに来日している。
2014年にはルツェルン音楽祭やフィラデルフィア管に、2015年にはクリーヴランド管にデビューし、ガーディナーやハイティンクからはソリストとして指名される彼女の多彩な活動から、ここではいくつか絞ってご紹介しよう(2014年12月のインタヴューより)。
――今年2015年は名古屋フィルへの再登場でベルク、さらに東京交響楽団とのモーツァルトの第3番が予定されていますね。
「ベルクのコンチェルトは、そのすべてが好きです。彼自身の人生が描かれた自叙伝的な作品であり、助けを求めるクライマックスでの叫びをはじめ、どのシーンにもとても心打たれます」
――この作品は、〈ある天使〉すなわちアルマの娘マノン・グロピウスに捧げられていること、ベルク自身のレクイエム的作品になってしまったこと、ハンナ・フックスを暗喩する数字の象徴、民謡やバッハの引用など、様々な意味が盛り込まれています。アリーナさんは、そのような“背景”をどのように考えるタイプですか?
「私は、原則として〈music comes first(音楽優先)〉と考えます。ですが、このヴァイオリン協奏曲の場合は、何が強調されているのか、作曲家はこの作品を書いた時に何を考えていたのか、それゆえどういう表現にしたらよいか、といったことを理解する上で大きな助けとなるので、それらを知っていた方がよいと考えます。ただ、もし知らなくても、楽曲自身が非常に豊かでエモーショナルなので、自ずと訴えてくるところもあるとは思います」
――モーツァルトのト長調協奏曲は、東京で初めて披露する協奏曲になりますね。
「モーツァルトの第3番は、実はこれまでコンサートで弾いたことがなく、2015年2月の米国公演で初めて採り上げました。6月にハイティンクさんとロンドン響でご一緒するのですが、彼がリクエストしてくださったのがきっかけです。米国や英国、フランスなど各地で弾いてから日本に持ってきます。東京のオーケストラとも初めてですのでとても楽しみです」
――2009、10年に、ピアノのセドリック・ティベルギアンとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を演奏、ライヴ収録しました。2014年9月前半にはインドでも全曲演奏会を2回やっていましたね。そして、14年9月下旬からはその続編としてモーツァルトのソナタ全曲プロジェクトが始まりました。
「5年ほど前でしょうか、その頃に次のプロジェクトをやるならモーツァルトがよいんじゃない?といった話は出ていました。それで最初にモーツァルトをセドリックと演奏した時に、とても楽しくて、もっとやりたいよねという話になったのが、そもそものきっかけです。で、たくさん弾きたいからツィクルスにしよう、どれを選ぼうか、有名な曲だけ集めるというのはよくあるパターンだよね……といろいろ考えた結果、それじゃあ全部やっちゃおうよと」
――曲数も多いですし、弾くだけでなく、それらをどう組み合わせるのかなど、プログラミングなどからして大変だったと思います。日本では15年10月と16年3月に聴けますね。
「全部で5回に分けて採り上げます。本当は作曲年代順にやってもみたかったのですが、そうすると最初の方の回はお客さんが誰も来なくて、最後の方にばかり集まりかねないので諦めました(笑)。そこでセドリックの家で2日間缶詰になって考えたんです。毎回のコンサートを同じ長さにすること、異なる作曲時期のものをミックスすること、調性のバランス、オープニングや最後にふさわしい曲、前半の最後や後半の最初にするのはどれがよいか……。これらを、ほとんどパズルのようにひとつひとつ組み合わせていったのです。各セットは英国の小さな都市で2、3回、それからウィグモアホールで演奏し、録音して、それから日本に持ってきます」
――モーツァルトのソナタは、基本的なものは10年間、1778年から88年に書かれています。モーツァルトをはじめ、この時代のヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリンの伴奏付きピアノ・ソナタから、次第にヴァイオリンとピアノが対等に扱われるようになってゆくという面もありますが、彼の書法は10年間でどのように変わっていったと思われますか?
「初期のものは、やはりある程度バッハの流れというものは感じますね。後期に行くほどそこから離れて、移行してゆくのが明確になってゆきます。彼はその10年間に限らず、生涯を通じて次々と新しいアイディアを持ち、変化を続けた人だと思うのですね。ですから、もし彼があと10年、あるいは20年生きていたなら、どのような作品を作ったかというのはとても興味深いです」
――特に初期作品はシンプルな分、装飾なども含めさまざまな可能性がありそうですね。
「そうですね。それと同時になかなか曲者です。シンプルであるがゆえに、すべてが赤裸々に、あからさまに出てきてしまう。隠れどころがありません。その分気をつけて、バランスなど微妙なところを保たなければなりません」
――アリーナさんはソロ活動以外に、ピリオド楽器によるキアロスクーロ四重奏団を組まれてもいます。
「メンバーはスウェーデンやフランスなど別々の国に住んでいますが、毎月必ず4~5日間は集まって練習しています。アンサンブルとしてかなり高いレヴェルができていると思います」
――それでも場合によっては、アリーナさんの実力や存在感が突出しているといわれてしまうこともあるでしょう?
「私たち4人はみな全員個性が違うので、誰の比重が大きいとか、誰がどうというのではありませんよ」
――クァルテットではピリオド楽器を使われていますが、先人たちの作ってきたある種の語法のようなものがあるとして、キアロスクーロはそれを遵守するというよりは、インスピレイションを重要視しているようにも聴こえます。
「私たちはどういう音が聴こえてほしいか、どういう音楽が聴こえてほしいかということを大切にしています。ですので、古楽奏法的なものはもちろん尊重していますが、それよりも私たちにとって自然な音楽作りを心がけています」
――クァルテットとしてもついに来日すると聞きました。
「そうなんです! 2016年の春に決まりました」
――アリーナさんは、先のベートーヴェンやモーツァルトのツィクルスもそうですが、録音でも何かと全集がお好きなようにみえます。シューベルトしかり、プロコフィエフしかり。取り組むと決めると、その作曲家のすべてを見てみたいという傾向があるのでしょうか?
「確かに……(笑)。大きなツィクルスでやるのは好きですね。どっぷり浸かって、その作曲家の音楽言語とか、作品に入り込んでゆくのを好みます」
――モーツァルトは弦楽四重奏曲の録音も着々と進んでいますものね。最新録音ではプロコフィエフのソナタ(Hyperion)や、キアロスクーロでのメンデルスゾーン第2番&モーツァルト第15番(Aparte※正確にはeに右上から左下に流れるアクサンが付きます)に続き、イザイ・アルバムもリリースされました(Hyperion)、その他には何が予定されていますか?
「モーツァルトのソナタは、時期は未定ですが、全曲を順次リリースします。第1プログラムは既に収録済みで、これから編集作業に入ります。クァルテットは、次からレーベルがBISに移ることになりました」
――コンチェルトは? 2011年に収録したユロフスキとのメンデルスゾーン以降、少しご無沙汰ですし。2014、15年のコア・プログラムであるシューマン、モーツァルト(第3、4番)、シベリウスなどいかがでしょう?
「とてもやりたいのですが、何ぶんモーツァルトが大きなプロジェクトなので、終わってからになると思います。今のところは、アルカンジェロというバロック・グループとのバッハの協奏曲集――ヴァイオリン協奏曲とチェンバロ協奏曲のヴァイオリン用編曲――が秋(10月予定)にハイペリオンから出る予定です。ジョナサン・コーエンが指揮とチェンバロで、ツアーで何度か弾いてから、ヘンリー・ウッド・ホールで昨年8月に録音しました」
LIVE INFORMATION
モーツァルト・ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会
○2015年 10/1(木)10/2(金)10/3(土)
○2016年 3/24(木)3/25(金)
会場:王子ホール
○2015年 10/6(火)会場:電気文化会館(名古屋)
出演:アリーナ・イブラギモヴァ(vn)セドリック・ティベルギアン(p)