気難しい顔を続けるのも疲れるんだよね……と言ったかどうかはわかりませんが、
ナショナルのマットが少しだけ本隊を離れ、ゆる~い歌ものプロジェクトを始めたよ!
ナショナルでヴォーカルを務めるマット・バーニンガーと、ラモナ・フォールズというソロ・プロジェクトでも活動中のポートランドに住むブレント・ノップフが結成したユニット、エル・ヴァイ。彼らの出会いは、まだナショナルが小規模のヴェニューでギグを重ねていた2000年代前半に遡る。当時ブレントはメノメナに在籍していた。その両グループのライヴ共演がきっかけとなり、ここから2人は途切れることなく交流を続けていたそうだ。
そんなエル・ヴァイがファースト・アルバム『Return To The Moon』を完成させた。本作はブレントがマットにデモを送り、そのデモにマットが歌と多少のアイデアを加えていく形で制作されたとか。とはいえ、アレンジは主にブレントが担ったようで、マットは作詞とメロディーメイクに注力。ゆえに全体のプロダクションはブレントの意向が強く反映されている。
作品の内容を大雑把に説明すると、〈音数の少ないポップな歌ものロック〉である。すべての音が明瞭に鳴り響き、ムダなものがひとつもない。ラモナ・フォールズでのブルージーな雰囲気は後退し、メロディーを強調したキャッチーなナンバーばかりだ。派手さはないが、ブレントの職人技が随所で光るトラックは、繰り返し聴きたくなるような高い中毒性を持ち、ほんのりトロピカルなファンク風やドリーム・ポップなど曲調もヴァラエティー豊か。適度な緊張感を保ちながら、リラックスした雰囲気がアルバム全体から漂ってくる。これは、ナショナルやラモナ・フォールズではあまり見られないものだろう。
歌詞のほうは、マットが得意とするストーリーテリング的なものになっている。その言葉選びはエスプリに富んでおり、英語がある程度わかる方なら多彩な語彙に驚かされるはずだ。もちろん、英語がわからなくても十分に楽しめるのが本作のおもしろいところ。一語一語がしっかりとメロディーにフィットしているおかげで、耳馴染みの良い語感を堪能できるのである。
また、マットのヴォーカルも素晴らしい。お世辞にも元気バリバリな感じとは言えないが、優しさ、哀愁、諦念など、波瀾万丈な半生を生きてきたのであろうことを思わせる、さまざまな感情がこもった味わい深い歌声を披露している。聴き手に語りかけるようなここでの歌唱法は、どこかルー・リードを彷彿とさせたりも……。
このような作品を作り上げたエル・ヴァイは、マットにとって息抜きに近いプロジェクトなのかもしれない。彼は長年、カリスマ的な人気を誇るバンドのフロントマンを演じてきた。そのおかげでたくさんの栄光に恵まれたのはまぎれもない事実だが、同時に世間からの大きな期待をプレッシャーに感じることも少なくなかったはずだ。その反動もあり、『Return To The Moon』での彼は、こんなにも抜けの良い解放感を纏っているのではないか。もしかするとエル・ヴァイでの活動が、ナショナル本隊の音作りに影響を与える可能性も十分にあると思う。そうした意味でも本作は必聴だ。