デュオとしての深まり~新しい2人の世界
盛岡で35回も続くシリーズ・イヴェントに『渋谷毅の世界』というのがある。穏やかなたたずまいをした今回の新譜がまさに“渋谷毅と平田王子の世界”としか喩えられず、ついそれを口走ってしまう。渋谷は鉄面のジャズ人として長く活動しながら、ある時期よりジャンルに執着しない音種へ身を浸していったピアニスト兼作曲家。一方の平田はブラジル音楽を志向し、ひょんなことで中央線系ジャズメンらと出会い思わぬ個性を輝かせたギタリスト兼歌手。2人で出す作品名から“ルース・ド・ソル”の名でも呼ばれるこのデュオは、柔らかくも意味ありげな風を舞い込ませる。
平田「渋谷さんにお会いしたのはもう13年も前のことですが、本格的に活動が始まったのは8年前。私はただ渋谷さんの音世界が好きで、一方的に共演をさせていただきたかっただけ。選曲や作譜は私の担当で、最初はいろいろ注文をつけられましたが、アーティストとして大切なことをたくさんこのデュオ活動で教わりました。“音楽はもっとシンプルでいいんだ”とかね。ライヴの現場に至るまでの経緯、会場の音環境や空気感やお客さんの雰囲気というのは毎回違っていて、その状況に併せて演奏も変わってしまう。自然に、それでいいんだ、とかいうこともです」
渋谷「平田さんは初め音楽をアカデミックに分析しすぎるきらいがあって、だから“もっと単純に”とは言ったかも知れない。でもそれが微妙なニュアンスまで相手に伝えようとしての結果だと分かってきた。そのニュアンスが彼女の音楽にとても重要な要素なんだけど、普通のミュージシャンには伝わりにくいんです。僕はこうしてやろうと音楽へ意図的に操作を加えることが嫌いだから知らないふりをしてたんだけど、自然と息が合うようになってきて初めて、あのアカデミズムの意味が解読できるようになった。今回も彼女が書いてきたニュアンスはとても自然だし、神様からの贈り物のように素晴らしいものに仕上がっていると思う」
ブラジルやハワイのスタンダード曲と平田のオリジナルが中心を占めるが、多くは渋谷の判断でライヴでさえ演奏されずにきた。《エストラーダ・ブランカ》など13年前の初ライヴ時からの候補曲だったというが、それがここで初抜擢となり、「2人の世界」で包み込まれるとアルバム冒頭から素晴らしい昇華をしてみせるのだ。ジャンルに拘泥がない渋谷のとろけるようなピアノの旋律はもとより、平田の成長ぶりにはことに目を見張らされる。ギターにおける即興ライン、七変化するヴォイスの扱い…主従だった両者の立ち位置はここにきてすっぽり同じポケットへ収まった感がある。“ルース・ド・ソル”3作目、間違いなく最高傑作。
LIVE INFORMATION
Luz do Sol 渋谷毅・平田王子
○12/10(木)東京倶楽部 千駄ヶ谷店
○1/8(金) 高円寺 グッドマン
○1/9(土) 東京倶楽部 目黒店
○1/22(金) 入谷 なってるハウス
○2/16(火) 四谷三丁目 綜合藝術茶房 茶会記 他