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武藤彩未のバックグラウンドにある名曲たちを紹介(後編)

DNA of AYM Part.2

ソロ・アイドルの新たなる希望、武藤彩未のバックグラウンドにある名曲たちを紹介します(後編) 

杏里や杉山清貴&オメガトライブのヒットで勢い付いていた作曲家、林哲司の全面バックアップを得た〈大人も聴けるアイドル・ポップ〉。囁くような心許ないヴォーカルはむしろチャームポイントで、AORテイストを含んだサウンド・プロダクションとメロウネス、秋元康による大人びた歌詞との相性は絶妙。アートワークも凝っていた。 *久保田

 

デビュー3年目ぐらいまでのキョンキョンは、その多くを筒美京平が手掛けた王道の歌謡曲路線。サウンド的な斬新さはさほど……でしたが、それでもオンリーワンな存在感を放っていたのは、彼女のおきゃんなキャラを活かした歌詞のポップさ。アイドルの本音を軽妙に綴った秋元康作詞“なんてったってアイドル”(85年)などはその象徴。 *久保田

 

来生たかお作の“セーラー服と機関銃”を皮切りに、大瀧詠一、南佳孝、呉田軽穂(松任谷由実)、筒美京平、井上陽水などなど絢爛たる作家陣によって磨かれていったその歌声は、清楚で飾り気がなく、しかしながら情感豊か。初アルバムとなった本作には、のちに竹内まりやがセルフ・カヴァーする“元気を出して”も。 *久保田

 

工藤静香 ベストヒット15 ポニーキャニオン(2014)

おニャン子クラブからシンガーとして大成した筆頭。ヤンキー成分をカジュアルに押し出してアイドル不遇の時代を悠々と乗り越えたが、その奏功も後藤次利の水っぽい楽曲に力負けしない歌の鋭さがあってこそ。秋元康や松井五郎、中島みゆきのイメージが強いものの、フリもキャッチーな代表曲“嵐の素顔”(89年)の鮮烈な詞は三浦徳子によるものだ。 *出嶌

 

バンド・ブームやユーロビートの影響で、86年あたりから脱・歌謡曲を図ったサウンドを聴かせるアイドル・ポップが目立つようになるのですが、彼女の楽曲には憂いを孕んだ歌謡曲テイストのものが多く(萩田光雄のアレンジによるところ)、硬質で不器用な歌声と混ざり合いながら、新しい感覚を打ち出していきました。 *久保田

 

本家健在ながら、80年代中にも数多くの聖子フォロワーが世に出て行くなか、ハスキーがかった初期聖子の歌いっぷりを匂わせていた彼女は数少ない成功者。ヒット曲は主演ドラマやCMと連動したものがほとんどでしたが、ノンタイアップで臨んだミディアム調の“セシル”が、シンガーとしての真価も発揮した代表曲に。 *久保田

 

主演ドラマで印象付けたヤンキー路線を、歌のほうで刷新していったミポリン。竹内まりや作“色・ホワイトブレンド”や小室哲哉作“50/50”も会心の出来だが、その後も名バラード“You're My Only Shinin' Star”を捧げた角松敏生、“人魚姫”“Witches”といったダンス曲を手掛けたCINDYが彼女をアーティスティックな方向へと導きました。 *久保田

 

近年はtofubeatsとのコラボやカーネーション・トリビュートへの参加など、ふたたび歌に本腰を入れている彼女。こちらは初作詞した前年の“ミーハー”などを経て作られた記念碑的な一枚で、南沙織“17才”のユーロビート・カヴァーもやる一方、自身のユーモラスかつ大胆な詞作を通じて90年代的なアイドルの在りようをいち早く切り拓いていった。 *出嶌

 

歌手を本業としたソロ・アイドルで幅広い人気を獲得した存在というと、あややまで遡る……という答えに異論はないでしょう。つんくが書き下ろす楽曲をさらにエンターテインさせる表現力と可愛らしさと凛々しさを併せ持ったキャラクター。その超人的な存在感には、アイドルを嗜んでいなかったリスナーも振り向いた。 *久保田

 

あえて前時代的なピュアネスをKANや三浦徳子と追求していた初期も良いが、活動期間を通じて表情豊かな詞を提供し続けた三浦は、活き活きとした主役の等身大を劇画的に引き出すことにも成功している。疑似80s的なリサイタルのノリが楽しい“青春のセレナーデ”では榊原郁恵っぽい歌唱の瑞々しさが全開。彼女もまた忘れ難いソロ・アイドルだった。 *出嶌

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