SWVのニュー・アルバムから考える、現在と未来の90年代

 10年ずつを一括りにする行為自体がそもそも意味のない行為なのは前提として、一口に〈90年代のR&B〉といっても、ニュー・ジャック・スウィング後期のダンス・サウンドから、ヒップホップ・ソウル(ヒップホップ・ビートを用いたR&B)、あるいはニュー・クラシック・ソウルネオ・ソウル(ヒップホップ世代による70年代マナーのソウル表現)やティンバランド初期のビート革命に至るまで、その範疇に収まる音楽性は実に幅広いわけだが、多くのR&Bリスナーが漠然と〈90年代風〉と形容するイメージのなかにあるのは、ヒップホップに端を発する引用のマナーを一般化させながらオーセンティックなハーモニーと先鋭性が融和していた時代の音、ザックリ言うならTLCアン・ヴォーグエクスケイプ、初期のアリーヤブランディモニカ、あるいはメアリーJ・ブライジフェイス・エヴァンスジョデシィアッシャーらが活躍した92~97年頃のアーバン・メインストリームの音ということになるのではないだろうか。

 そこまで単純化して語れるものではないとしても、2000年代のアシャンティキーシャ・コール、2010年代のアリアナ・グランデに至るまで、〈90年代っぽさ〉を特徴としたR&Bサウンドは、概ねその延長線上にあると言える。ただ、60~70年代ソウルを模したレトロ系や70~80年代のディスコ/ブギー系が幅広いジャンルに波及しながらリヴァイヴァル現象を一般的に定着させている一方で、90年代マナーについては個別の動きが大きな再興の流れへ至ることはまだない(往時のダブステップ方面やポスト・インターネット世代によるネタ遊びは盛んだが)。思うに、90年代のR&Bは単なるアレンジの種類という話ではなく、歌唱の味わいやハーモニーの構築という歌そのものの重要性を薄めることなく世界的に広がった特殊な時代のため、それをリメイクするのはなかなか容易ではないのかもしれない(バンド方面などで昨年多用された〈ブラック・ミュージック〉の形容がほぼサウンドの意匠をさしていたのも頷ける)。とはいえ、R&Bファンならレトロとディスコの無限ループではなく、90年代モードの延長線上にあるオーセンティックなスタイルの作品ももっと増えてほしいと思ったりする。まあ、2010年代も後半に差し掛かったところでするような話ではないのだが……。

 で、そうした〈90年代〉イメージの核となるグループこそ、ここで紹介するSWVだ。NYはブロンクスで90年に結成されたこのトリオは92年にアルバム・デビューを果たし、97年の『Release Some Tension』まで3枚のオリジナル・アルバムを残し、98年頃に解散。リードを務めたココの清涼感に溢れたリードと美しい3人のハーモニーを軸としながら、ヒップホップ影響下のサンプリングやリミックス展開、ラッパーとのコラボといったストリート寄りの音楽性も持ち味とした彼女たちは、先述した〈92~97年〉にそのままハマる形で全盛期を過ごしたわけで、まさに90年代の申し子といってもいいグループなのである。

SWV Still Mass Appeal/eOne/ビクター(2016)

 解散は不仲によるものだったそうだが、その後ソロ・デビューして成功したココゴスペル方面に軸足を移すなか、個々の生活に戻っていた3人は和解。2005年に再結成がアナウンスされるとライヴ活動を再開し、来日公演もたびたび開催してきた。2011年には彼女たちの“Right Here/Human Nature”を元にしたクリス・ブラウン“She Ain't You”のリミックスに客演して話題となり、2012年にはマス・アピールと契約して実に15年ぶりのアルバムとなる『I Missed Us』をリリース。このたび登場したニュー・アルバム『Still』はそれ以来となる復活後の第2作目ということになる。

 アルバムは〈I'm still into you〉と歌いながら往年の名曲群のフレーズをマッシュアップしていく表題曲でスタート。前作からの先行ヒット“Co-Sign”がそうだったように、耳馴染みのあるSWV像をアピールしながら帰還を告げる演出だ。また、ズィンガラ“Love's Calling”を下地にした先行シングル“Ain't No Man”にジェイZやエクスケイプを想起させるフレーズが挿入されていたり、この3人ならではのメランコリックなハーモニーに浸れるメロウな“MCE(Man Crush Everyday)”や、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ“I Miss You”を引用した“Miss U”など、くすぐりの巧さも前作同様だ。さらにはパトリース・ラッシェン使いの直球なディスコ・ブギー“On Tonight”には、同じくラッシェン曲を素材にしてココがフックを歌ったウィル・スミス“Men In Black”を思い出したりもする(考えすぎか?)。全体のプロデュースには引き続きケイノン・ラムがあたっており、往時のムードを上手く活用しながら現在の3人を輝かせる手腕は見事だ。90年代のイメージを纏いながらもそこに寄りかからず、あくまでもモダンな機能を備えたオーセンティックなスタイルでR&Bの真髄を聴かせる3人はやはり頼もしいのである。 *轟ひろみ