インタビュー

注目ピアニストの實川風、繊細さとクールな佇まいの背後にピアノをとことん〈歌わせる〉破格の才能潜む『ザ・デビュー』到着

(C)ミューズエンターテインメント
 

破格の可能性を秘めた「歌」~ピアニスト實川風デビュー!

 年長者が年少者に、完膚なきまでに打ちのめされる手段は革命から言葉の論理まで様々だ。長く解説の仕事を手がけて度々、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第21番ハ長調〈ワルトシュタイン〉》を「ピアノの打楽器性を徹底して究めた史上初の作品で、バルトークにも直結する」と指摘してきたが、まだ20代後半のピアニスト、實川風(じつかわ・かおる)のデビュー盤を聴いた瞬間、「ごめんなさい!おじさんが間違っていました」と、白旗をあげたい気分に陥った。

 連打で律動的に進むはずの第1楽章からして、とてつもなく息の長い“歌”を奏でようとする。今まで聴いたことのない不思議な感触だ。第2楽章では多くのピアニストが左手に重きを置くが、實川は右手にひたすらこだわって歌わせる。慣習的に左手を分厚く鳴らす行為を「偽善だ」と告発するほどの凄みがある。第3楽章の第1主題では逆に、いかにもロマンティックに、大げさに歌う多数派にくみせず、作曲家の“つぶやき”のように再現する。ベートーヴェンの革新は“打楽器性”の表層を超え、“超常感覚”の爆発だったのかと思い知る。

 2016年6月4日。東京の渋谷区文化総合センター大和田さくらホールのリサイタルは、ライヴで「實川のワルトシュタイン」を聴ける千載一遇の機会だ。

實川風 ザ・デビュー Sony Music Direct/Muse Entertainment(2016)

※試聴はこちら

 そこでは、昨年のパリで第3位に入賞したロン・ティボー・クレスパン国際コンクールの課題曲として日本でもおなじみのフランス人ピアニスト&作曲家、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェが書いた 《メリーゴーランドの光~ピアノのためのタンゴ 》も奏でられる。デビュー盤にも収められた佳曲。ライナーノートには「カオル・ジツカワは素晴らしいピアニストだ。溢れるエレガンス。音響に対する鋭敏な感性。カオルは演奏に魂と情熱を注ぎ込む。まるでピアノと一体化するかのように…」と、ヌーブルジェの絶賛も添えられている。

 繊細さとクールな佇まいの背後には、ピアノをとことん“歌わせる”破格の才能が潜む。筆者は昨年、日本ショパン協会の催しで實川がショパンの《ピアノ協奏曲第1番》を弦楽四重奏と演奏するのを聴いた。ライヴでは“歌”への執念が一段と激しく燃え上がり、深々とした呼吸のうちに情熱がたかまり、エロス&タナトスの深淵へと接近する。つねに横の流れを意識しているので、多くの日本人ピアニストが抱える“楽譜の縦の線が見えてしまう演奏”とも無縁。“イケメン”の内面は相当にフクザツ&強烈で、あれこれ詰まっていそうだ。

 


LIVE INFORMATION

實川風 CDアルバム『ザ・デビュー』発売記念コンサート
○6/4(土)16:30開場/17:00開演
会場:渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
曲目:ショパン:即興曲 第1番 変イ長調 op.29/4つのマズルカ op.33/ベートーヴェン:ピアノソナタ 第21番 ハ長調 op.53「ワルトシュタイン」ほか
www.shibu-cul.jp/

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