梅雨入り前だというのに、強い雨が音を立てて降り注ぐ荒天の放課後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、いかり肩を濡らした大柄な男が、部室の扉を勢いよく開けましたが……。
【今月のレポート盤】
野比甚八「てやんでえ、ひでえ土砂降りだな!」
三崎ハナ「ノビ君、びしょびしょだよ! ハンカチしか持っていないけど、貸そうか?」
野比「お構いなく! それよりもこんな天気にお似合いのCDを入手したんで、皆で聴きこうじゃねえですか!」
キャス・アンジン「あら、サウンドガーデンが88年に発表したデビュー作『Ultramega OK』ね。しばらく廃盤だったと思うけど、リイシューされたの?」
野比「そうなんすよ! しかも、メンバーはオリジナル・ミックスにずっと不満だったらしく、このたび望んでいたジャック・エンディノによる再ミックスがようやく叶ったっていうんだから、めでたい限りじゃねえですか!」
三崎「ジャック・エンディノってニルヴァーナの『Bleach』を手掛けたグランジ界の名エンジニアだよね! それは信頼できるね!」
アンジン「そうね。だけど、ハナ、何も〈グランジ=ニルヴァーナ〉ってわけじゃないのよ」
三崎「そうですけど……でも〈グランジの顔〉と言えば、やっぱりニルヴァーナじゃないですか!」
野比「ごもっとも! ただ、キャスさんの言いたいこともよくわかりますぜ。クラウド・ナッシングスが登場して以降、その手の新人の引き合いに出されるバンドってなぜかニルヴァーナとダイナソーJrばかりですから」
アンジン「80年代末から90年代前半にかけて人気のあったグループは、他にもいるのにね。でも、近年のグランジ・リヴァイヴァルの中で彼らが顧みられることはほとんどないわ」
三崎「確かに! サウンドガーデンすらハナはスルーですもん! よし、この機会にちゃんと聴いてみます!」
野比「いいっすね。アッシがお茶を煎れますんで、ごゆるりと」
三崎「あっ、いきなりカッコイイ! 重くて地を這うようなビートと尖がったギターがグルグルとトグロを巻いているようだね! クリス・コーネルのこねくり回すようなヴォーカルも存在感たっぷり!」
野比「70年代のハード・ロックにパンク魂を注入したテイストで、とことんダーティーっすよね」
アンジン「新しいミックスは、オリジナルよりも各パートが分離していて鮮明ね。そのせいか、全体のサウンドがよりダイレクトに響いてくるわ」
野比「彼らは早くも翌89年にメジャー・デビューするわけで、グランジ勢では初の快挙なんすよ」
三崎「えっ!? ハナはてっきりニルヴァーナかと思っていたよ!」
野比「まあ、サウンドガーデンが本格的にブレイクするのは、ニルヴァーナやパール・ジャムら地元シアトルの後進バンドが世界的な成功を収めた後っすからね」
アンジン「ムーヴメントの狂騒に流されず、着実に自分たちのサウンドを進化させていったからこそ、彼らは正当かつマジョリティーな人気を得たのだと思うわ」
野比「その通りっすね。同じようにグランジ・ブームに揉まれつつ己の道を貫いたバンドって、スクリーミング・トゥリーズやL7、アージ・オーヴァーキルとか、多彩な連中がたくさん存在したんですけどね~」
三崎「ノビ君は知識が豊富だね! ハナはメモを取ることにするよ!」
アンジン「あら!? これってサブ・ポップからのリイシューなのね」
野比「お目が高い! もともとはブラック・フラッグのグレッグ・ギンが主宰していたSSTからのリリースですが、今回はサウンドガーデンが初めて7インチを出した古巣のサブ・ポップからなんすよ。それってUSオルタナ・ファンならばグッと来るトピックですぜ」
三崎「それはロマンを感じるね! てか、2人とも詳しすぎ! 実は40代なんじゃ?」
キャスと互角に渡り合える1年生の加入は頼もしい限り。ハナちゃんもがんばってください。 【つづく】