高橋悠治との〈火花散る〉やり取りを経て生まれた迫真のアンサンブル
最近では、四手や連弾といったスタイルで、ストラヴィンスキーの《春の祭典》に挑むピアニストは少なくない。いずれも難曲をスマートにこなすべく、ビシッと縦の線揃った、精密なアンサンブルをアピールした演奏が並ぶ。
ただ、高橋悠治と青柳いづみこによる連弾演奏は、そうしたスマートさとは無縁だ。メカニカルな印象がまるでない生々しい響き。シャープではあるけれど、窮屈さとは無縁の不思議な広がり。そこには、「ぴったり合わないほうが音響的に立体感が増す」という高橋の言葉通りといっていいのか、二人の個性の強さがもたらす迫真のアンサンブルが繰り広げられる。実際、リハーサルでは「火花が散っていた」らしい。
「バランスとペダリングについて、悠治さんとは葛藤がありました」と青柳は言う。「彼とは普通のアンサンブルにはならないんです。譜めくりの人が青ざめるなか、様々なやり取りがあって、現場では平行線なんですが、次に合わせると不思議に溶け合っていたり」。冒頭のファゴットの旋律をどう解釈するかについても、ずいぶんと話し合った。「自分の感覚と真逆のことを言われて、いろんな可能性を一生懸命試した。他の人とではできない体験でした」
《ペトルーシュカ》の演奏では、その「合わなさ」が、曲のもっている魅力をも引き出している。たとえば、二人が別の旋律を同時に弾くとき、孤独感がより顕わになるといったように。「ペトルーシュカは悠治さんの心情にフィットするんじゃないかな。時々プリモを弾いてくださるんですがとても素敵でしたよ。人間になりきれない人形の悲しみみたいな音が一つひとつ伝わってきて、やはりただもんじゃないと(笑)」
《3つのやさしい小品》は、これまでプリモを弾いていた青柳がセコンドに回った。「プリモのルバートには一切付き合うなと(笑)。普通はもっと綺麗に整えて弾くものですが、悠治さんの味が出てて良かったですね。あんなふうに彼以外の人が弾いたら許されないと思うけど。そこが凄いところです」
青柳といえば、ドビュッシーのスペシャリスト。今回初めてストラヴィンスキーの連弾曲に取り組んだ。
「晩年のドビュッシーがストラヴィンスキーの影響を受けていたのは頭では知っていたけど、実際に弾いてみなければわからないこともたくさんありました。ストラヴィンスキーって、同じ和声を二度と使わず、細かく意識的にそれを変えていくんですよね。ドビュッシーは、より自然に、その縫い目が見えないように変化させていくんです。ストラヴィンスキーはその縫い目をはっきりと見せるのが新鮮でした」