ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は、ブラジルが生んだギター・ヒーロー、キコ・ルーレイロ(Kiko Loureiro)の新譜『Open Source』について語っていただきます。ちなみに、西山さん率いるNHORHMの初作『New Heritage Of Real Heavy Metal』に、マーティー・フリードマンらと並んで賛辞を送っているキコ。さて、新作は西山さんの目にどう映ったのでしょうか? *Mikiki編集部

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突然ですが、私は何を隠そう〈Take The Time世代〉です。

まずはこちらをお聴きください。

“Take The Time”とは、ドリームシアターの名盤『Images & Words』(92年)に収録されている超大曲。プログレッシヴ・メタル金字塔のこのアルバムは、当時10代のメタル・キッズには非常に刺激が強く、なかなか本編が始まらないイントロの長さなど全く気にすることもなく、興奮して聴いたものです。むしろ歌がないインストゥルメンタルの時間の方が刺激を持って聴けるという、メタル・インストを聴く耳を開発されたアルバムではないかと思います。

 

私は元々イングヴェイ・マルムスティーンからメタルに入っており、主にギター・ヒーロー、超絶技巧で個性豊かなギター・プレイが面白いという観点からメタルを聴いてきたので、〈ギターでここまで表現できるんだ〉〈こんなに速く正確に格好良いことが弾けるんだ〉〈ギターだからこういう表現ができるんだ〉という驚きを求めて、メタルを聴いていました。

ギターだけでなく、その音楽全体の面白さから、当時ドリームシアターは聴き込んでいましたが、そこからリキッド・テンション・エクスペリメント、スティーヴ・ヴァイの『Fire Garden』、ボジオ・レヴィン・スティーブンス、トライバルテックなどを聴き、そのようにしてプログレに流れ着いた人、ジャズに流れ着いた人、そのままメタルを貫いている人、同世代では沢山いると思います。

90年代にバークリー音楽大学に留学していたジャズ・ミュージシャンに聞きましたが、ジョン・ペトルーシ(ドリームシアターのギタリスト)が学んだ大学だからとバークリー音楽大学に入ったという人も、当時結構いたらしいです。

 

そんな〈Take The Time世代〉ドンピシャな新作がきました。

キコ・ルーレイロ新作の『Open Source』です。

KIKO LOUREIRO 『Open Source』 Victor Entertainment(2020)

メタル・インストゥルメンタルの最新進化系で、技術も音楽性も凄いクォリティーのものがやってきました。なんというか、全方位的に戦闘力が高いです。

この連載は毎回、ジャズ・リスナーにはメタルに、メタル・リスナーにはジャズに興味を持ってもらえるようにという両面を意識して書いていますが、今回のアルバムは、インストゥルメンタルのメタルとしての完成度も素晴らしく、また、ジャズ・リスナーにも入口として非常に良いのではないかと思います。

 

キコ・ルーレイロといえば、ブラジルのメタル・バンド、アングラ(Angra)のギタリストとして長く活躍してきた人ですが、2015年にメガデスに加入という衝撃ニュースがあり、納得の抜擢でありながらもアングラを抜けないで欲しいという気持ちもあり、なんだか複雑な気分となりました。

 

アングラはキコなしではなりえないと思っていました。

アングラの、ブラジルのドメスティックな音楽と結びついたサウンドは唯一無二のものであり、キコのギターは非常に華やかでテクニカルな中にほんの少しのサウダージを纏い、時折垣間見えるジャズ・フュージョン系のソロは音楽的背景の基礎体力の高さがうかがえ、少し沈んだタイム、常に余裕のある安定したテクニックと歌心は、一撃必殺のメタル界では優等生すぎるぐらいのテクニック。抜群の安定感でした。アングラの出汁の中心は、キコだったといって過言でありません。

同時に、そのサウダージな歌心からマーティ・フリードマン時代のメガデスを考えれば、メガデスへの抜擢もすごく納得だったんですね。両者とも非常にパッションの強いソロで、メガデスの硬派なスラッシュの中に歌心濃いめのギターが入る、絶対良いはずです。

 

キコ加入のメガデスを日本で最初に聴けるステージ、2015年の〈LOUDPARK〉は行きましたが、新加入で少しお呼ばれ感のある中、完璧な演奏でした。なんだかステージのキコのところだけ爽やかな風が吹いているぐらいの感じでした。

また、同年アングラでも来日公演があり、行ける日が名古屋しかなかったので名古屋まで聴きに行きましたが、近くで見るとフィンガリングが本当に綺麗で、本当にギター自体が上手い人なんだなあと思いましたね。

 

新作の『Open Source』は、インストゥルメンタル曲のみのアルバム。

ソロの前作までも全部聴いていますが、今回の作品はとにかく要素が多く、リズムの仕掛けもハーモニーの展開も、めちゃめちゃ多いです。

 

メンバーは、アングラのフェリペ・アンドレオーリ(ベース)とブルーノ・ヴァウヴェルデ(ドラムス)というアングラ・ファンにも嬉しい人選。

二人とも本領発揮というか、いつものバンドの下支えの役割から攻撃ポジションに上がってきた印象で、ミュージシャンとして聴いていて、楽しそうに演奏しているなあと思いました。

ヘヴィメタル・ドラマーなのに何故かレギュラー・グリップのブルーノが本当に活きいき叩いていて、テクニカルにも素晴らしく、ブルーノの一番の録音になったのではないかなと思います。

 

オープニングはミディアム・テンポのナンバー“Overflow”からスタート。少しクラシカルにも聴こえる進行、メロディーは、ギター・ソロのピークに向かって絶妙なテンションでエモさをクレッシェンドさせ、中間部の凪の部分を挟み、後半シャッフルになって繰り返される同じメロディーはよりエモーショナルに聴こえます。

2曲目、先行で配信していたリードトラックの“EDM (E-Dependent Mind)”は、3拍子からどんどんポリリズム的に発展していく仕掛けが大変面白く、凝った曲の構成を乗りこなすギターのプレイだけでなく、ギター音色のヴァリエーションとその音色が非常に格好良い。ギターが非常にリッチな音です。

3曲目“Imminent Threat”には、マーティ・フリードマンがゲスト参加。曲自体がテクニカルで音数が多く、緻密に構築されている曲ですが、ここにマーティが入ったら普通〈要素多すぎ〉となりそうなところですが、キコと比べるとワイルドで少し危険な香りがするのがなんとも良い味で、曲の難しさに打ち勝つ、すごく濃い味が来たなと。また、キコがマーティをリスペクトしているオーラも何となく感じて、非常に素晴らしいトラックだと思いました。

私のお気に入りは5曲目“Sertão”。絶妙なブラジル風味のリズムをきかせた曲で、そこにアルペジエーターみたいなギターリフが被ったり、これまたブラジル風のクロマチックの動きが入ったり、エキゾチックな怪しい雰囲気の出るスケールとともに、非常に個性的な曲となっています。これはこの人、このメンバーじゃないとできない曲ですね。

6曲目“Vital Signs”のソロの内容、このミディアム・テンポでのタイム感とイントネーションは、ジャズ・フュージョンからのリスナーでも絶対楽しめるはず。

8曲目“Black Ice”の、疾走感の中の圧倒的な色彩感と叙情的なメロディー作りも見事です。聴きながら上手いな~~と声が出ちゃいます。

9曲目“In Motion”こういうの、大好物です。ごちそうさまです。ありがとうございます。もう一度言います、こういうの大好物です。

 

今回のアルバムを聴いて、アカ・セカ・トリオ(Aca Seca Trio/アルゼンチン)の曲の超展開に通じるものがあるなと思いました。あの、音楽を聴きながら全く知らない土地への旅に連れて行かれる感じ。勿論、国が近いのもありますが、ジャズとかメタルとかジャンルの大枠を軽やかに乗り越えていくドメスティックな音楽の成分、その強靭さに、とても魅力を感じてしまいます。

アカ・セカ・トリオのコンサートの模様
 

あと、私はメタルは好きですが、メタルの鍵盤はあまり好きでないというか、どちらかというと鍵盤が入ったら萎えるぐらい鍵盤を避けて聴くところがあります。自分でも弾きたいと全く思いません。

というのは、鍵盤楽器がピッチの正解を決めてしまって、他が爆音で勢いとエモーションでやっているのに、鍵盤だけ数学的に聞こえてくるのがあまり好きでないんですよ。

それに加え、音色の選択が気になることが多くてですね、他の楽器の轟音の中で抜ける音を選んだらああいう音作りになるのは当然だとは思うのですが、ギターや他の楽器が生身の人間そのままに聞こえるのに対し、キラキラしたシンセは非常に人工的に聴こえます。ケンシロウとメカゴジラぐらい違って聴こえるんですよ。

 

ですが、この『Open Source』は普通にシンセもピアノも何の違和感もなく、音楽を運んでいく重要なサウンドの一部としてとても有機的に機能しており、今まで聴いたメタル系のアルバムの中で、一番鍵盤系のサウンドが良いと思いました。全体のヴィジョンがしっかりあるので、オプションとして鍵盤系を入れている感じではないですね。素晴らしいと思います。

 

ヤングギター誌の誌面との連動企画のYouTubeで、キコご本人が少しリフの解説などしてくれています。

〈そんなの弾けるかよ!〉と笑いながら思わず突っ込んでしまいますが、とても気さくでナイスな方そうですね。

(ちなみに、去年のイングヴェイの回は、ストラトとフェラーリを披露する回でした)

 

『Open Source』は、〈Take The Time世代〉の同志の皆さん、そこからジャズに流れ着いて、しばらくメタル系を聴いていない皆さんにも、ぜひ聴いて頂きたいアルバムです。

 


LIVE INFORMATION
西山瞳トリオ・高音質配信ライヴ アーカイヴ配信中
メンバー:西山瞳(ピアノ)、佐藤ハチ恭彦(ベース)、池長一美(ドラムス)
チケット:各 1,500円
URL:https://dede.ima-ticket.com/hitomi_nishiyama

東京のジャズ・ミュージシャンから全幅の信頼を置かれるレコーディング・スタジオ「Studio Dede」からの、レコーディング・クオリティの高音質、高画質配信ライヴが決定。
2011年『Music In You』(MT-02)の録音以来、9年ぶりにこのトリオでスタジオに戻り、ライヴ配信をします。
普段のジャズクラブでのライブと同じスタイルで、1時間×2セット演奏します。
チケットはそれぞれ1,500円。通しで聴く方は両方チケットをご購入下さい。

アーカイヴを残しますので、当日以降のご購入と聴取も可能です。
詳細はこちらをご覧ください。
https://dede.ima-ticket.com/hitomi_nishiyama

 

RELEASE INFORMATION

東かおる、西山瞳『フェイシス』9月23日(水)リリース決定!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら

東かおる,西山瞳 『フェイシス』 MEANTONE RECORDS(2020)

東かおる、西山瞳『フェイシス』トレイラー動画
 

PROFILE:西山瞳

1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。

以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。

自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。

西山瞳2作目のピアノ・ソロ・アルバム『Vibrant』好評発売中!

西山瞳 ヴァイブラント MEANTONE RECORDS(2020)