ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は、ステイホーム期間に読みたいある音楽本をご紹介いたします。西山さん、よろしくお願いします! *Mikiki編集部
今回は、STAY HOMEのお供に、音楽書籍を紹介したいと思います。
「名盤レコーディングから読み解く ロックのウラ教科書」(中村公輔・著/リットーミュージック)。2018年に発売になった本で、発売から少し時間は経っているのですが、メタル・リスナーのみならず、幅広い音楽ファンにとって非常に興味深い内容だと思いますし、発売当初に読んだ時おもしろすぎて、レッスンしている生徒に薦めまくっていました。
この本は、レコーディング・エンジニアの方がビートルズ以降のレコーディング技術の変遷について書いたもので、普段見えない裏方の仕事の発展の歴史を、我々も知っているアーティストとその音源を絡めて紹介して下さいます。
時々、音源を聴いて「80年代っぽいな」とか、「90年代っぽいな」と思うことがあると思います。それは録音の印象だけでなく、曲そのものが当時の録音技術で最良に聴こえるようにそのアレンジになったのかもしれず、それを知る手がかりとなるでしょう。専門的な言葉も出てきますが、非常に親切に平易な文章で書かれているので、ミュージシャンだけでなく幅広く音楽好きの方に楽しんで頂ける内容かと思います。
特に、メタル・リスナーの皆さんは、今は聴く専門でも過去にギターやベース、ドラムスを演奏したことがある、バンド活動をしたことがある方が非常に多いと思いますので、あの音はどうなっていたのか、お持ちの音源を改めて聴いてみたくなるでしょう。ストリーミング・サービスに加入している方は、本書に登場した音源をかけながら読み進めるとおもしろいです。
私がこの本を買ったのは、ちょうど『New Heritage Of Real Heavy Metal III』のレコーディングのタイミングだったので、1泊2日のレコーディングの際に持参して、その時のエンジニアさんに「こう書いてあるけどどうなの?」などと、色々と質問して勉強させてもらいました。
ポピュラー音楽の歴史は、録音技術の発展の歴史でもあります。
リリース形態がレコードからCDに変わって収録時間が変わったことなどは分かりやすい変化ですが、録音できるトラック数やマイクロフォンなど、全ての電気を通す機器は進化しているので、時代でできることが大きく変わってきますね。
ジャズは、そもそも電気を通して音楽する前の時代からある音楽なので、時代とともに録音の品質は良くなっても、演奏する内容が録音に大きく左右されるということは、ポップスほど多くはありません。普段から至近距離で、生音で演奏するのが基本なので、すでにミュージシャン同士でバランスが取れており、極端な話、マイク1点のみで録音すればもう製品になるという状態です。そのような「演奏が良ければ録音は良いものになる」という前提で動いているので、私は今までリーダー作は20枚ぐらい録音していますが、正直なところ録音の技術については、お恥ずかしながらほとんど何も分かっていないと言っていいと思います。
レコーディングの時はチーフ・エンジニアさんとアシスタント・エンジニアさんが付きますが、曲を録音し始める前の音決めの時に、マイクのセッティングを変えたり、マイクそのものを変えたり、エンジニアさんが微調整をしてくれます。しかし、そのほとんどが〈エンジニアさんの経験でこちらが良いと思って調整してくれる〉ので、絶対良くなっているんですよ。悪いようになることはほとんどなくて、徐々に良い音が決まっていって、それとともに我々ミュージシャンは上手く乗せられていっている。だから、私たちは本当にエンジニアさんにおんぶに抱っこ状態で、知らない間にいい気持ちにさせてもらって演奏しています。
ですので、この本を読むと「なるほど〜、へえ〜そうだったのか〜」の連続で、また音楽を聴く楽しみも倍増したし、録音の技術の歴史が俯瞰的に追えたことで、自分の音を出す責任感と、エンジニアさんへのリスペクトは大きくなりました。本当にいつもありがとうございます。
本書はビートルズ時代の録音の話から始まりますが、当時レコーダーが4トラックしかないから〈ピンポン録音〉と呼ばれる作業をしていたことや、『ホワイト・アルバム』の途中でやっと8トラックになった話など、初期のロックを録音するための工夫と苦労が面白いです。
また、第2章の〈ロック・ドラムのレコーディング事情〉では、迫力あるジョン・ボーナムのドラムスの実際のマイク・セッティングの話や、ジェフ・ベック・グループの変なドラムの定位の話、ピンク・フロイドの『狂気』からドラムの定位がセンターになり現在のスタンダードになっているという話などが出てきて、ヘッドフォンでそれらの音源を聴いて確かめながら読むと本当に面白いです。
90年代にメタルを聴いていた自分としては、その頃のヴィニー・ポールやラーズ・ウルリッヒ、そしてマイク・ポートノイの音が今でもメタルらしさとしてパッと頭に思い浮かんでしまうのですが、もっと上の世代の方だと全然違う音像でこそメタルを感じてらっしゃるだろうなと思います。
第3章〈エレクトリック・ギターのレコーディング事情〉は勉強になりました。というのは、私はジャズでの録音ばかりなので、ギターはほぼクリーン・トーンのみ。そこまでギターの音色を決める作業を見たことがないのです。普段のライブでも、それぞれのギタリストは色んなエフェクターやアンプにこだわっているのかもしれませんが、プレイの内容と質感が良ければそれでよしという感じでのみ聴いていました。
第4章のリバーブについての章では、残響音を作るためのアナログな取り組みの変遷が、デジタル・リバーブの前にこんな努力があったのかと、非常に興味深かったです。
メタル関係では、1988年メタリカの『Metal Justice』のことが大きく出てきますので、こちらはぜひ本で読んで下さい。
昨年、オジー・オズボーンとAC/DCの新譜の話をこちらの連載に書きましたが、彼らは歴史的なアーティストにも関わらずその新譜はとにかく新鮮に感じました。芸風は一緒なのに(特にAC/DC)、超フレッシュでどこか今っぽさもある。録音も、きっと以前のキャラクターを踏襲しつつ新しいものにトライしているのだと思います。
もうこれまで何度聴いたかわからないような名盤も、テクノロジー方面の知識を得て聴き直すと、更に豊かに聴けると思います。
音楽を楽しむアシストになる1冊だと思いますので、お薦めいたします!
西山瞳LIVE INFORMATION
2月28日(日・昼)埼玉・蕨Our Delight(電話048-446-6680)
西山瞳トリオ(西山瞳、佐藤ハチ恭彦(ベース)、池長一美(ドラムス))
開場/開演:13:30/14:00
料金:3,600円
3月6日(土)東京・小岩COCHI(電話03-3671-1288)
デュオ(西山瞳、馬場孝喜(ギター))
開演:18:00(2sets/20:00閉店)
料金:2,800円(ミュージック・チャージ)
3月18日(木)神奈川・横浜Dolphy(電話045-261-4542)
西山瞳トリオ(西山瞳、佐藤ハチ恭彦(ベース)、池長一美(ドラムス))
開場/開演:18:30/19:30(2sets)
料金:前売3,500円/当日3,800円(予定)
詳細はhttp://hitominishiyama.net/
RELEASE INFORMATION
東かおる、西山瞳『フェイシス』発売中!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら。
PROFILE:西山瞳
1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。
自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。