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コロナの時代、祈るように和音のひとつひとつを弾いた

――今回、ソロで新しい録音を3曲なさってますね。“ダニー・ボーイ”はどんな意図で演奏しましたか?

「“ダニー・ボーイ”はみなさんご存知の曲ですので、クローズなボイシングで少しずつビルドアップしていくつもりで弾いています。バッハのコラールみたいな感じで演奏しました」

『Ballads』収録曲“ダニー・ボーイ”

――セロニアス・モンクの“ルビー・マイ・ディア”は、モンクという人のイメージが強烈にある曲ですね。

「これは非常に美しい曲で、私がいちばん覚えているのはコールマン・ホーキンスが入った『Monk’s Music』(1957年)のバージョンです。大好きな曲なので、モンクらしいホールトーンスケールを使ったり、モンクのタッチを意識したりして弾いています」

『Ballads』収録曲“ルビー・マイ・ディア”

セロニアス・モンクの1957年作『Ballads』収録曲“Ruby, My Dear”

――山中さんはモンクの曲を集めたアルバム『モンク・スタディーズ』(2017年)も作っておられますね。モンクは特別な存在と言えますか?

「そうですね。モンクは自然界を超えた造形というか、誰にもできないことをやっている人ですので、私にとっては特別な存在です。

モンクにいちばん近いのはカーラ・ブレイじゃないかな、と思うんです。カーラ・ブレイもすごく好きで、彼女はとてもモンキッシュだと思います。モンクはいつまでも聴けますし、10を期待すると11が聴こえてきますね。

学生のとき、モンクの『Criss Cross』(63年)というアルバムのソロを全部覚えたことがあって、どうやって弾いているかわからない運指があるんです。そういう意味でも、すごく好きなミュージシャンですね」

――モンクに対する愛が感じられる演奏だと思います。“アイ・キャント・ゲット・スターティド”もよく知られている曲ですが、この曲はどうでしたか?

「この曲も“ダニー・ボーイ”と同じ感じかもしれませんが、こういう時代、コロナの時代になってしまって、祈るような気持ちで、和音のひとつひとつを、バッハが教会で弾いたように願いをこめて弾きました。早く元に戻ってほしい、という気持ちもありますし、いろいろな別れもあったりしたので、自分は元気に生きていられることについての喜びもあり、で。

この時期、バッハをよく練習していましたので、バッハのコラールのような、リニアなラインを繋げた対位法的な試みもしました。そう言うと難しくなっちゃいますけど、祈りを込めて、私なりの教会音楽、という気持ちで弾きました」

『Ballads』収録曲“アイ・キャント・ゲット・スターティド”

 

音の減衰はピアノの特性であり美点

――パンデミックの状況が、ご自分の音楽の中に影響を与えていると思いますか?

「そうですね。もうこんなことは二度と起きてほしくない、と思いますし、私はYouTubeとかで発信することもなく、一人で籠もってバッハを弾いている、という生活でした。本当に修道女みたいな生活を送っていて、そういうことが影響を与えていると思います。

でも選曲をするときは、レコーディングのことを思い出して楽しかったです。なのでたくさん選んでしまって(笑)、CDの制限時間いっぱいになりました。楽しんでいただけると嬉しいです」

――この時期には特に、バラードが心に滲みるような気がします。パンデミックに直面して、みんな多かれ少なかれ心の中に不安や恐れを抱いていますので、バラードを聴いて癒やされる人が多いのでは、と思います。

「ピアノって、バイオリンやオルガンと違って、音が減衰するんですね。シャボン玉みたいなはかなさがあって、またそれがピアノのいいところでもあります。そういう特性を持った楽器のバラード集というのもいいのではないかな、と思って、こういうアルバムを作った、ということもありますね」

 


RELEASE INFORMATION

山中千尋 『Ballads』 ユニバーサル(2021)

■通常盤
品番:UCCJ-2200
フォーマット:SHM-CD
価格:3,080円(税込)

■初回限定盤
品番:UCCJ-9233
フォーマット:UHQ-CD
価格:3,850円(税込)
スリーブケース・ミニ写真集付

配信リンク:https://jazz.lnk.to/Chihiro_Yamanaka_20AnniversaryPR

TRACKLIST
1. フォー・ヘヴンズ・セイク
2. 煙が目にしみる
3. グッド・モーニング・ハートエイク
4. ダニー・ボーイ ※新録音
5. マスカレード
6. オールド・フォークス
7. オン・ザ・ショア
8. 愛するポーギー
9. キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー
10. ルビー・マイ・ディア ※新録音
11. ダヴ
12. コート・イン・ザ・レイン
13. アイ・キャント・ゲット・スターテッド ※新録音
14. オーリンズ
15. アバイド・ウィズ・ミー
16. サンキュー・ベイビー

 


PROFILE: 山中千尋
米NYを拠点に世界を駆ける、日本が誇る女性ジャズピアニスト。リリースされたアルバムはすべて国内のあらゆるジャズチャートで1位を獲得。米メジャーレーベルのデッカとも契約を果たし全米デビューも飾った、ダイナミズムと超絶技巧、ジャズの伝統と斬新なアレンジを併せ持つ、今まさに活動の絶頂期を迎えているピアニスト。2020年にはアポロシアターでの公演がソールドアウトとなった。2019年には〈サンセバスチャン・ジャズ・フェスティバル〉のトップラインナップに選ばれ、中国・北京のブルーノートで4公演を開催。名門ジャズクラブである英ロンドンのロニー・スコット、仏パリのニュー・モーニング、伊ミラノのブルーノート、ワシントンのブルース・アレイに出演した。それらの公演はソールドアウトとなるほどの好評を博し、英ガーディアン紙のジャズレビューでも激賞される。NBCラジオ、カーネギー・ホール、ケネディー・センターに自身のトリオで出演した他、リンカーン・センターでの〈ジェイムズ・P・ジョンソン・トリビュート記念コンサート〉にイーサン・アイバーソン、エリック・ルイスらと共にソロで出演。また“ラプソディー・イン・ブルー”の東京都交響楽団、NHK交響楽団、群馬交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団との共演も絶賛を受ける。第23回日本ゴールドディスク大賞、スイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞、〈NISSAN PRESENTS JAZZ JAPAN AWARD〉など権威ある賞を多数受賞。