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――バガテル、ベートーヴェンにはいくつかありますが、リサイタルなどではこれがいちばん演奏されますかね。

「3つくらいあるかな、バガテル。ほかにばらばらとあって」

――“エリーゼのために”もバガテルですよね。弾かれませんけど。

「いや、弾いたことはある。弾いたけど、あとでシロウトが聴くとおもって馬鹿にするな、という投書があった」

――え?

「ピアノ・リサイタルというのは、難しい曲をならべて、というのがあるんじゃないですか。なんだかね」

――ううむ……

――バルトークはかつてアルバムに収録していらっしゃいました。スタイルがかたまらないで、おもしろい時期、とも。

「いろいろと試している時期。いろんな実験ということなんだね」

――ほかの作曲家でもやりやすいのかな、バガテルというタイトルだと。で、アンコールにクープランを弾かれています。

「バガテルはフランス語だけど、タイトルがさいしょにつかわれたのはクープラン」

――このクープラン、アルバムのなかでいちばん斬新なひびき、というか、個人的にはもっともインパクトがあったんです。ベートーヴェンやバルトークは知っている、バエズは知らないし、とてもおもしろかったけど、クープランは楽曲がというより、予感できるクープランの演奏スタイルが、あるいはひびきが、驚きだったんですね。

「そう? チェンバロだとやさしいんだけど、ピアノだとおなじ音域に両手がかさなっているから、ちょっとめんどくさい。で、バガテルをどういう意味でつかっているかというとね、うふ、恋のあそびみたいな、ね。詩が引用されている。イタリア人の劇作家、コメディア・デラルテのもの。幸せにしろ不幸せにしろ、いちばん忠実な恋人も浮気をすることがあるかもしれない、っていう。劇の音楽を書いていた。そこからきているようだね」

――バガテルは、日常的なことばから、音楽に転用されてきた、と。

「そうだったのかもしれない。ベートーヴェンがどこでつかうようになったのかわからないけど。クープランの“オルドゥル”の10番目、最後におかれているのが“バガテル”。オルドゥル(ordre)それじたいが寄せ集めだよね。クラヴサン曲はじぶんで弾いていたもので、宮中ではやっていない。もっとプライヴェートなところで、風刺とか、いろんな情景がでてくる。おたのしみの、だよね」

――クラヴサン曲のタイトルについて書かれている本、ありましたね。

「そう、全曲の解説があるのがね」

――クープランは以前も弾かれています。リサイタル=アルバムでは『ことばのない詩集』に。

「ちょっとだけね。“第13オルドゥル”から“花開くユリ”と“葦”」

――ここしばらくのご予定は?

「ああ、CDはね、いくつか予定がある。コンサートは……。毎年、浜離宮でリサイタルやって、テッセラ音楽祭があって、とやってきたけど、それはもうやめようとおもって……シリーズになっていたりすると、つぎはどうする? と来るわけでしょう。そんなふうにアイディアがあるわけじゃない。おもしろいものがみつかれば、だけどね」

――コンサートが予定されていると、何か月か前から準備しないとなりませんし。おもしろいことがあったとしても、いきなりできるという環境でもない。

「定期的にやれないんじゃないかって気はするし。ピアノを弾いてるのもなあ、って(笑)」

 


高橋悠治(たかはし・ゆうじ)
1938年生まれ。柴田南雄、小倉朗、ヤニス・クセナキスに学ぶ。 63年~仏・独で現代音楽のピアニストとして活動。74~76年に武満徹らとともに作曲家グループ〈トランソニック〉を組織して季刊誌を編集。78~85年には〈水牛楽団〉で世界の抵抗歌をアレンジ・演奏、月刊ミニコミ「水牛通信」を発行。その後は画家・富山妙子と映像と音楽による物語の共作活動を展開、田中信昭との協同作業でこれまでに合唱音楽を20曲以上作曲。91年より、高田和子のために日本の伝統楽器と声のための作品を作曲。2008年からは波多野睦美のために歌を書きピアノを弾いている。著書として、平凡社から「高橋悠治/コレクション1970年代」「音の静寂静寂の音」、福音館から富山妙子との共作CD付絵本「けろけろころろ」、みすず書房から「きっかけの音楽」「カフカノート」が刊行されている。

 


寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)

早稲田大学文学学術院教授。音楽文化論、 音楽・文芸批評。3月に「ふりかえる日、日」(青土社)、「武満徹、世界の・札幌の」(港千尋らとの共著、インスクリプト)上梓。近況……あいかわらず家庭の事情で、ライヴ/コンサート、ダンス/演劇、映画、とはほぼ無縁。じぶんがちょっとしゃべるときだけ例外。このまま忘れられてしまうだろうな、と危惧なんだか安堵なんだかをおぼえつつ。

 


LIVE INFORMATION
青柳いづみこ CD・書籍刊行記念コンサート
2022年9月24日(土)東京・富ヶ谷 Hakuju Hall
開場/開演:13:30/14:00
開場/開演:17:30/18:00
出演:青柳いづみこ(ピアノ)/高橋悠治(ピアノ) ※夜公演のみ出演
https://ondine-i.net/concerts/6320