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開かれた音楽

 クィアというキーワード抜きに楽しめる曲もある。カーターズ以降ビヨンセが重用している気鋭の女性プロデューサー・デュオ、ノヴァ・ウェイヴがラファエル・サディークらと制作に関与した“CUFF IT”の親しみやすさは抜群だ。ナイル・ロジャーズのギターやシーラ・Eのパーカッションが70年代的な躍動感を生み出すこれは、ローラー・ディスコの定番になるかもしれない。似た路線では、乙女座の自分をアピールしながら妖艶に迫るトロピカルなカクテル・ディスコ“VIRGO’S GROOVE”も快調。これと同じくレヴィン・カリが関与した前述の“PLASTIC OFF THE SOFA”も夏っぽい爽やかなグルーヴのR&Bで、以前より抑制した歌唱が目立つ本作の中でも際立ってソフトな、囁くような歌声が心地良い。R&Bシンガーたちの間では、ビヨンセらしいビブラートとフェイクの効いたこの曲の唱法が注目を集め、#PlasticOffTheSofachallengeという歌唱チャレンジもSNSでブームになっている。

 ドリームらと一緒にノーIDが制作に加わった“CHURCH GIRL”は、聖歌隊出身のビヨンセが慕うクラーク・シスターズ“Center Thy Will”(81年)のサンプリングも印象深い。加えてここには、ニューオーリンズ・バウンスの原点であるショウボーイズ“Drag Rap”(86年)のトリガーマン、およびそれを基にしたDJジミの“Where They At?”(92年)のビートが加わる。ビヨンセがチャーチ・ガールであり、サザン・ガールであることを端的に伝える一曲だ。ヒューストン出身のビヨンセらしいサウス(・ヒップホップ)への愛は、冒頭の“I’M THAT GIRL”で、一昨年亡くなったメンフィスの女性ラッパー、プリンセス・ロコの声をトミー・ライト3世の“Still Pimpin”(95年)から引っ張ってきたり、“AMERICA HAS A PROBLEM”で、〈ジャン!〉というオケヒットの音も懐かしいキロの“America Has A Problem (Cocaine)”(90年)をタイトルごと引用したことからも伝わってくる。

 いずれにせよ、この『RENAISSANCE』では、セクシーで大胆な歌詞と共に黒人としての誇りや喜びを歌い、クィア・カルチャーを賛美しながら、そのパイオニアたちに感謝を捧げている。特定のコミュニティに向けた暗号のような素敵な仕掛けもあるが、だからといって、その当事者だけが楽しみ、語ることができるという排他的なものではない。コロナ禍での混迷の中で作られたアルバムは、かつてのディスコやハウスと同様、痛みや苦しみを抱えながらも自由や快楽を求め、パラダイスをめざしたポップ・ミュージックとして、すべてのリスナーに開かれているのだ。ACT-3(第3幕)まで計画しているというアルバムの続編が待ち遠しくて仕方がない。 *林 剛

左から、ドリームの2013年作『IV Play』(Radio Killa/Def Jam)、ラファエル・サディークの2019年作『Jimmy Lee』(Columbia)、グレイス・ジョーンズの81年作『Nightclubbing』(Island)

 

左から、テムズの2021年作『If Orange Was A Place』(RCA)、シドの2022年作『Broken Hearts Club』(Columbia)、ケネス・ウェイラムの2022年作『Broken Land 2』(Secretly Canadian)