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CDは謎とワクワクに満ちた最後のフロンティア

――柴崎さんが出された「ポップミュージックはリバイバルをくりかえす」という本は、レコードのリバイバルについても言及していますよね。CDのリバイバルについてはどう思われますか?

「10年くらい前、サブスクが始まった時、〈これまで集めたコレクションは何だったの? もう全部サブスクでいいってこと?〉という、ある種の虚無感を感じたんですよ。レコードブームは始まってたし、昔から好きではあったけど、自分が今からそっちに全乗り換えしようともあまり思えなかったですし。

でもlightmellowbu(※シティポップが下火になった1980年代後半~2000年代前半のシティポップを主にディグる集団で、柴崎氏も参加している)の存在やネットのオタクたちの影響もあって、ブックオフでCDをディグる、っていうのに可能性があることにある時から気づいて。一見正体不明の、打ち捨てられたように安売りされてるニューエイジのCDとかがすごく魅力的だなあ、と思い始めたんです。そういうのを買い漁る内にだんだん、これってひょっとすると当時ノーマン・ジェイたちが持っていたであろうスピリットに近いのかも?って気づいて、そうか、〈レアグルーヴ〉的な行為だよなあ、と思うようになったんです」

――それまでレコードの分野でしか言われなかったディグやレアグルーヴなどの概念が、CDにも同じように当てはめることが出来るんだと分かった訳ですね。

「それで、ブログで〈次のレアグルーヴはCDから来る〉というのををテーマにした〈CDさん太郎〉という企画を始めたりして。そこからデラさん(※著名な100円CDディガー)や、さっき言ったlightmellowbuの面々などCDディガーとも知り合って、ムーブメントとは言わないまでも、結構盛り上がったりしましたね。BUSHMINDさんなんかも、この手のディグを凄くされてました。そうやって幅広いジャンルの皆さんと交流できるのも面白い点です。

mid90s ミッドナインティーズ』っていう映画があって、90年代のアメリカの郊外に住む兄弟の物語なんですけど、やっぱりCDが時代を象徴するアイテムとして出てくるんですよ。CDは、そういうノスタルジーの対象でもあるし、当時を体験していない世代にとっては再生装置とかも一種のガジェットとして興味深いものでしょうし。レコードやカセットと同じく、CDのリバイバルは全然あり得ると思いますね。

あと、レコードはレアなものでも相場や情報が相当程度行き渡ってて、体系化されてますよね。でもCDはまだ謎というか、訳が分からない、調べても何も情報が出てこないものが眠ってます。CDはそういうワクワク感のある、最後のフロンティアなんじゃないかと思いますね。かなり掘ったと思いますが、まだそういうのが残ってるんですよ」

 

奇妙な〈フェイクワールドミュージック〉の深淵

――実際に、そういったCDディグのコレクションをちょっと見せていただきたいです。

「最近だと、〈日本で作られたワールドミュージック〉みたいなのが面白いなあ、と思ってます。和レアリック(※和製バレアリック)の延長じゃないですけど、〈フェイクワールドミュージック〉というか。中には有名だけど聴いていなかったもの、勘違いや偏見みたいなのが含まれてるものもあるんですけど、そういうことへのクリティカルな興味というか、歴史的な関心を含めて今聴くと面白いものが沢山あって」

――ニューエイジっぽいものもあるし、アニメのサントラだけじゃなく、イメージアルバムなんかもありますね。確かに、こういうのはサブスクに無い。

「そう、で、買ってみたら意外なミュージシャンが参加してたり、1分間だけ凄く良い瞬間があったり(笑)。まあ、こういうのにハマると、本当にヒマさえあればリサイクルショップとかに行っちゃいます。レア盤を掘る楽しみ、それを同好の人たちとシェアする喜びみたいなのは、サブスク文化で言われる〈シェア〉とはまた違った面白さもありますね。かつてのレコード好きのコミュニティのように、秘密を共有するような楽しさがある。

ディグる上で自分が昔よく言ってたのが、〈分かる現在より分からない過去の方が味が濃い〉というテーマです。現在進行形で、いろんな情報やユーザーの感想が飛び交っている今のものより、1990年代くらいの、まだ情報も整理されきっていない近い過去の、調べてもよく分からないCDの方が、自分にとってはミステリアスで面白い世界ですね。まあ、本を出しちゃうほど、なんでこんなに昔の音楽のことばかり考えちゃうんだろう?と自分でも不思議ですが(笑)。もちろん新譜でも、円盤とかLOS APSON?とかで売ってるような、まったく謎めいたものだと同じような面白みを感じたりしますが。

あとCDの良さとしてはやっぱり、単純に音が良いんですよ。これを言うと昔はレコード好きの人に即反論されたりしたものですが(笑)。特に、1990年代後半以降のCDはマスタリングも丁寧なものが多いと思いますね。

レコードに物としてのフェティッシュな感じや高級感があるのも分かるんですよ。音の温かみ、みたいなこともよく言われますよね。でもCDに関しては逆に、均質的なものだからこそ面白い、という感じはします」

――大量消費の儚さがありますよね。キラキラした光沢感も刹那的ですし。柴崎さん宅のリビングのCDラックも凄いですね。ロックやワールドミュージックの名盤とヒーリングCDや企画盤が微妙に混じり合っていて……。

「これは有名ですけど、DREAM DOLPHINのCDです。ミュージック・フロム・メモリー(※オランダ、アムステルダムのレーベル)から再発された、1990年代のニューエイジ/アンビエントです。これはDREAM DOLPHINと同じレーベル(FOA Records)からの作品で、久保田麻琴やサンディーが参加してる『Aloha Therapy~Ambient Hawai’i』(1998年)。それと、この『アナザーワールドへのプロローグ』(1993年)っていうのは水戸芸術館がリリースしたCDで、今年亡くなった松岡正剛も参加してますね。

これまでのCDディグで一番凄いと思ったのは、これですね。『松籟の祀り 燦々ぬまづ踊りのテーマ』(1993年)という沼津市による企画盤というか、地方活性化の一環だと思うんですけど、沼津のお祭りのために作られたアルバムで。まず、作曲が井上陽水やユーミンのバック、それから映画『AKIRA』の音楽でも有名な浦田恵司さん。そして演奏しているのが浦田恵司、今剛、山木秀夫、佐藤準……」

――メンツが凄いし、曲も凄まじいですね。エスニックでダビーなファンクというか、エレクトリック・マイルスみたいな……。これが町興しで……?

「『ススト』(※菊地雅章の1981年のアルバム)やマライア(※清水靖晃を中心にした実験的な音楽集団)みたいな感じもある。実際の祭りのお囃子とか沼津の若者の声とかをサンプリングしてるみたいなんですけど。これをXにアップしたら結構バズって、沼津市の行政にかけあって再発を持ちかけたんですけど、資料としての貸出のみで再発は考えておりません、と……。

このDO MOJAっていうのも凄いですよ。神楽坂にMASH RECORDSっていう、レコード屋兼バーみたいな所があって、そこのレーベルから出てるらしいんですけど」

――ビル・ラズウェルや彼のマテリアルみたいな音楽ですね。

「そういうのがやりたかったのかも知れない。カッコいいでしょ。知り合いのDJがMASH RECORDSに行って全タイトルを買ってましたね」

――知られざるCDがこれだけある、っていうのはやっぱり面白いですね。こういうのを見つけてくる柴崎さんの情熱が凄まじいです。

「まあ結局、自分は一貫して〈CDオタク〉なんでしょうね(笑)」

 


PROFILE: 柴崎祐二

1983年、埼玉県生まれ。音楽ディレクター、評論家。2006年よりレコード業界にてプロモーションや制作に携わり、多くのアーティストのA&Rを務め、音楽を中心に評論家として活動。単著に「ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「最文脈化」の音楽受容史」(イースト・プレス、2023年)、「ミュージック・ゴーズ・オン~最新音楽生活考」(ミュージック・マガジン、2021年)、編著書に「シティポップとは何か」(河出書房新社、2022年)等がある。

PROFILE: Kotetsu Shoichiro

ミュージシャン(トラックメイカー/DJ)。90年生まれ、香川県出身。ダンスミュージック全般を手がけ、ラッパーやゲーム音楽、CMなどに楽曲提供の実績多数。2021年にはラッパー・T-STONEへの提供曲“Let’s Get Eat”がBillboard JAPANのTikTok Weekly Top 20で1位を獲得。また2022年にはtofubeatsのアルバム『REFLECTION』収録の“Vibration feat. Kotetsu Shoichiro”へラップで客演し話題を呼んだ。ライター/インタビュアーとしてはミュージック・マガジン、Quick Japan、CINRA、関西ソーカルなど数々の媒体に寄稿。ほか、さとうもか“Lukewarm”“Loop”をはじめ他アーティストのMVなど映像/アニメーションの編集も手がけるなどジャンル/形式に囚われない幅広いスタイルで活動をおこなっている。
オフィシャルサイト:https://kotetsu-shoichiro.com/
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