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孤高の存在へ

 70年になって健康を取り戻したベックは新たにコージー・パウエル(ドラムス)とリンクし、モータウンのスタジオに赴いてファンク・ブラザーズとの録音も経験。同時代のソウルに傾倒して集められたボビー・テンチ(ヴォーカル/ギター)、クライヴ・チャーマン(ベース)、マックス・ミドルトン(キーボード)を含む人種混合の編成で第2次JBGを始動する。同編成での初作『Rough And Ready』(71年)を経て、2作目の『Jeff Beck Group』(72年)はスティーヴ・クロッパーをプロデューサーに迎えてメンフィスのTMIスタジオで録音された。これらは第1次とは異なるJBGの魅力を出したものだったが、結局は解散。ベックはボガート&アピスとのバンド計画に立ち戻り、ハード・ロック志向のパワフルな演奏を聴かせるベック・ボガート&アピスで73年に同名アルバムを発表した。が、このトリオも衝突の結果、2作目の制作を目前としながら74年に解散となっている。

 それからフュージョン・バンドのアップをプロデュースした後、この頃に傾倒していたマハヴィシュヌ・オーケストラのアプローチに着想を得て、彼らの『Apocalypse』(74年)を制作したジョージ・マーティンにプロデュースを依頼。元JBGのミドルトン(キーボード)、フィル・チェン(ベース)、リチャード・ベイリー(ドラムス)を従えたソロ名義での代表作『Blow By Blow』(75年)を完成させる。これは完全インストながらも全米4位というキャリア最高のコマーシャルな成功を記録し、彼をジャズとロックのクロスオーヴァーしたいわゆるフュージョン路線へと進ませることになった。

 76年には元マハヴィシュヌ・オーケストラのナラダ・マイケル・ウォルデン(ドラムス)とヤン・ハマー(キーボード)を迎えてよりソリッドでシャープな『Wired』(76年)をリリース。さらにはヤン・ハマーのグループと組む形でのライヴ盤『Jeff Beck With The Jan Hammer Group Live』(77年)を録音し、評価を新たなものにした。その後はスタンリー・クラーク(ベース)やトニー・ハイマス(キーボード)、サイモン・フィリップス(ドラムス)とのツアーなどを経て、80年にハマーやハイマスと組んだ『There & Back』をリリースしている。

 その後の80年代は大物ギタリストとしてティナ・ターナーやダイアナ・ロスらの作品に招かれる華やかな機会が増え、特にミック・ジャガーのソロ作では2作続けて大きくフィーチャーされる一方、自作の創作という意味では低調な時期となった。『Camouflage』(84年)での再会を前振りにしたロッド・スチュワートとのコラボ“People Get Ready”(85年)は話題になるも、ギター・ヒーローらしい喝采は活動休止期間を経てハイマスとテリー・ボジオ(ドラムス)を迎えた無骨なインスト回帰作『Jeff Beck’s Guitar Shop』(89年)まで待たなければならなかった。